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16% 夫が私と結婚していたのは、たった七秒間 / Chapter 4: 第4話:公衆の面前で

Bölüm 4: 第4話:公衆の面前で

第4話:公衆の面前で

テレビスタジオの照明が結衣の顔を照らしていた。『愛のドキュメンタリー』の収録セット。カメラが三台、司会者が一人、そして観客席には五十人ほどの人々が座っている。

「本日のゲストは、理想の夫婦として話題の朽木怜さんと結衣さんです」

司会者の明るい声が響く。結衣は上品な微笑みを浮かべ、隣に座る怜の手を握り返した。

怜の手は温かく、しっかりと結衣の指を包んでいる。カメラの前では完璧な夫だった。

「お二人の愛情の深さは業界でも有名ですが、秘訣は何でしょうか?」

「結衣を大切にすることです」

怜は結衣を見つめながら答えた。その瞳には愛情が宿っている。観客席からは感嘆の声が漏れた。

だが結衣には分かっていた。これもまた、演技なのだと。

「素晴らしいですね。では、奥様はいかがですか?」

「夫を信じることです」

結衣の声は穏やかだった。皮肉にも、それは真実だった。彼女は怜を信じ続けていた。裏切られるまで。

その時、スタジオの隅で大きな音がした。

フラワースタンドが倒れ、色とりどりの花が床に散らばる。スタッフの一人——蛇喰魅音が慌てふためいていた。

「すみません!すみません!」

魅音の上司であるマネージャーが駆け寄る。

「何をやってるんだ!生放送だぞ!」

マネージャーの怒声がスタジオに響いた。魅音は涙を浮かべながら謝罪を繰り返している。

その瞬間、怜の手が結衣から離れた。

「ちょっと待ってください」

怜は立ち上がり、マネージャーの前に割って入った。

「部下の失態は上司の責任でもある。だが、君のような人間に彼女を任せておくわけにはいかない」

怜の声は低く、威圧的だった。

「君はクビだ」

観客席がざわめいた。カメラが怜と魅音を交互に映し出す。結衣は座ったまま、周囲の視線が自分と魅音の間を行き来するのを感じていた。

上品な微笑みを崩すわけにはいかない。公の場なのだから。

だが、心の奥で何かが軋んでいた。

――

「申し訳ございませんでした。収録を再開させていただきます」

司会者が場を取り繕い、インタビューが続行された。だが怜の集中は明らかに欠けていた。視線が時折、スタジオの隅にいる魅音に向けられる。

「ところで、お二人の結婚記念日はいつでしたっけ?」

司会者の何気ない質問に、怜が答える。

「四月十五日です」

結衣の心臓が止まりそうになった。

彼らの結婚記念日は五月二十三日。四月十五日は——魅音との記念日だった。

「あら、先ほどの資料では五月二十三日となっていましたが」

司会者が困惑した表情を浮かべる。怜の顔が青ざめた。

「あ、それは……」

怜は慌てて結衣を見つめる。

「結衣が言ったんだ。あまりに幸せすぎて、毎日が新婚のようだって」

嘘だった。結衣はそんなことを言ったことはない。

だが彼女は微笑んだ。

「そうですね。毎日が特別な日のようで」

観客席から温かい拍手が起こった。

――

番組の最終コーナー。花のアーチが用意され、怜が結衣を背負ってくぐる演出が始まった。

「愛の象徴として、ご主人が奥様をお姫様抱っこで花のアーチをくぐります」

怜は結衣を背負い上げた。結衣の体が宙に浮く。

「重くない?」

「君なら何キロでも軽いよ」

かつて魅音にかけた言葉と同じセリフ。結衣の胸が締め付けられた。

花のアーチに向かって歩き始める怜。カメラが二人を追いかける。

その時だった。

「きゃあ!」

近くにいた魅音が突然倒れた。顔面蒼白で、呼吸が荒い。

怜の足が止まった。

「魅音!」

次の瞬間、結衣の体が宙を舞った。

怜は背負っていた結衣を放り出し、地面に落とした。結衣の膝が床に激突し、鋭い痛みが走る。

だが怜は振り返らなかった。

魅音を横抱きにし、スタジオから走り去っていく。

「救急車を!」

怜の声が遠ざかっていく。

結衣は床に座り込んだまま、呆然としていた。膝から血が流れているが、痛みを感じない。

カメラが結衣の姿を映し続けている。乱れた髪、血の滲む膝、一人取り残された妻の姿を。

観客席が静まり返った。

司会者が慌てて結衣に駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

結衣は顔を上げ、微笑んだ。

「はい。夫は正しい判断をしました」

その声は、驚くほど平静だった。

――

病院の廊下を結衣は歩いていた。膝の傷は簡単な処置で済んだ。看護師に魅音の病室を聞き、その前まで来た。

ドアが少し開いている。中から声が聞こえてきた。

「『愛のドキュメンタリー』を台無しにしないで」

魅音の泣き声。

「大丈夫だ。番組出演は会社の宣伝と提携のためだから、多少のハプニングは問題ない」

怜の声が優しく響く。

「でも、私……あなたの奥さんの前で恥をかいて」

「何を言ってる。君は全部を俺にくれたんだ。俺は君に人前で言えない立場しか与えられないのに」

怜の声が更に優しくなった。

「辛い思いをさせてすまなかった」

結衣の視界が揺れた。

ドアの隙間から見える怜の手が、魅音の頭を優しく撫でている。

結衣は壁に背中を預け、ゆっくりと床に座り込んだ。

すべてが終わった。

希望という名の最後の糸が、今、完全に切れた。

――

夜遅く、怜が帰宅した。結衣はソファに座り、テレビを見ていた。

「結衣……」

怜が近づいてくる。その時、結衣の膝の包帯に気づいた。

「怪我をしていたのか!」

怜は慌てて結衣を抱きしめた。

「すまない。本当にすまない」

謝罪の言葉。だが、それは空虚に響いた。

「罰として、俺が料理をする。結衣の好きな小皿料理を作るよ」

怜はキッチンに向かった。包丁の音が響く。

結衣は無表情でその背中を見つめていた。

――

翌朝、玄関のチャイムが鳴った。

家政婦の桜井が立っている。いつもと違い、エプロンを持っていない。

「奥様、お疲れさまでした」

桜井は深く頭を下げた。

「今日で辞めさせていただきます」

結衣は桜井を見つめた。

「どうして?」

「旦那様が……『桜井さんの料理を毎日食べるのは簡単だよ』と、どなたかにお約束されたようで」

桜井の声は静かだった。

「私がいては、旦那様が困ってしまいます」

結衣は何も言えなかった。

桜井が去った後、結衣は一人でリビングに立っていた。

家政婦も去り、夫の愛情も偽物で、自分の存在価値も無に等しい。

すべてが崩れ落ちていく。

結衣は窓の外を見つめた。

二週間後、港で待っている人がいる。

その時まで——

結衣の唇が、かすかに動いた。


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