江花綾子は清水初実が来る前にすでに彼女の写真を見ており、清水家に迎えることにも自ら同意していた。
だが、実際に少女の姿を目の当たりにした瞬間、胸の奥で怒りがふつふつと湧き上がった。
その顔立ちは、中島美紀子――あの憎らしいキツネ女――にあまりにも似ていて、見ているだけで苛立ちが抑えられなかった。
もし藤原家の旦那様が「一度会わせてほしい」としつこく頼んでこなければ、決してこの女の子供を家に迎え入れることなど認めなかったはずだった。
だが、家に迎え入れたのも悪くなかった。
柔は十年以上も心血を注いで育ててきた娘で、琴、書、茶、すべてに秀でている。それに対して清水初実は、ただの田舎育ちの野良娘だった。
こちらから藤原旦那さんに婚約解消を切り出すことはできなかったが、藤原旦那自身が清水初実と柔の「格の違い」を目の当たりにすれば、きっと自分から縁談を断ってくれるに違いない――そう思っていた。
江花綾子は無表情のまま、冷ややかに返事をした。
一方、清水柔は清水初実が差し出した手をじっと見つめ、深く息を呑んでいた。
……そんなはずはない。
今日、確かに清水初実を絞め殺すよう手配し、証拠の写真まで受け取っていたはずなのに――どうして今、彼女がここで平然と立っているの?
あの殺し屋が嘘をついたのか、それとも本当に目の前の彼女が“甦った”というのか?
清水柔は一瞬で感情を押し殺し、いつものように穏やかな笑顔を浮かべ、清水初実の手をそっと握り返した。「こんにちは、初実さん。私も、あなたにお会いできて嬉しいよ」
「ふん」
その瞬間、そばにいた清水茂夫が鼻で笑い、あからさまに目をそらした。その態度を、初実はしっかりと見ていた。
清水景久の秘書から、元の清水初実は五人の兄たちについてあらかじめ聞かされていた。長男以外、二男の清水直樹(しみず なおき)は二十三歳の外科医だった。
三男の清水哲彦(しみず てつひこ)は、説明がなくても誰もが知る芸能界のトップスターで、今年二十一歳で主演男優賞を手にしていた。
四男の清水明夫と五男の清水茂夫は、実は初実より数ヶ月しか年上で、十八歳の双子だった。
初めて会ったばかりなのに、茂夫からはあからさまな敵意が伝わってきた。
さっき清水柔を無意識に守るように腕を回した仕草からも分かる通り、この五男は根っからの妹至上主義で、清水柔への庇護欲が顔にありありと出ていた。
「これからは、江花おばさんもあなたを家族として受け入れるつもりだし、外では母さんと呼ぶように」
清水誠也は思いがけず美しい娘が家に転がり込んできたことに、内心の拒否感もすぐに薄れていた。見た目も大人しそうで、思ったより悪くなかった。
「君の部屋は一階に用意してある。柔に案内させよう。……今着ているのは柔のドレスか?なかなか似合っているじゃないか」
それは本当に何気ない一言のつもりだったが、清水柔はそれを聞いた瞬間、体がわずかに強張った。こっそりと拳を握りながら、それでも笑顔を一層丁寧に作って「……じゃあ、お姉さん、こちらへ」と案内を促した。
清水初実の部屋は、一階の片隅に用意されていた。
こうした上流家庭では、一階はたいてい使用人や外部の人間のためのスペースであり、この部屋も明らかに江花綾子がわざと割り当てたものだった。
部屋自体は広くなく、内装もごく質素で、湿気た木の匂いが鼻をついた。明らかに普段は掃除もされておらず、誰も使っていない客間だった。
清水初実は清水柔の後について部屋に入り、室内を静かに見回していた。すると背後でドアがギィと音を立てて閉まった。
振り返ると、そこにはさっきまでの温厚で優しげな表情を一切消し去った、無表情の清水柔が立っていた。
清水柔の今の様子は、先ほど外で見せていた優しさや謙虚さとは正反対だった。
「絶対に、真一さんは渡さないから」清水柔は突如として声を上げ、その声音は氷のように冷たかった。
清水初実は、まさかこんなに早く本性を見せるとは思わず、かえって興味が湧いてきた。
彼女は少し首をかしげ、無邪気さを装って返した。「そう?でも母からは、私と藤原真一さんはもう婚約しているって聞いてるの」
「婚約なんて所詮紙切れよ。解消しようと思えばいくらでもできる」清水柔は口元を歪めて、露骨に嘲笑った。「あんたみたいな田舎娘が、藤原家の坊ちゃんに選ばれるとでも?」
「清水家の面汚しの私生児なんて、所詮は表に出せる存在じゃない。ここで大事にされてきたのは私。あんたなんて、私が捨てる予定の服ですら着るしかないじゃない」
もしこの体の本来の持ち主のように、臆病で自己評価の低い性格なら、今ごろ黙って傷ついて引き下がっていただろう。
だが、今の初実は違っていた。
「ふうん……」
清水初実はふと唇の端を上げた。「もともと、藤原真一には全然興味がなかったの。でも、そうやって家族に受け入れてもらえないなら、私も自分の居場所くらい見つけなきゃね」
「もし藤原家のお嫁さんになれたら――たとえ恋愛感情がなくたって、一生ぜいたくで不自由のない暮らしが待ってるでしょ?このチャンス、私は絶対に逃さないわ」
「な、なによ……!」清水柔は思わず声を上げた。
やっぱりこの女、本当は全然純粋なんかじゃない――そう思い知らされた瞬間だった。さっき客間で兄が清水初実を思わず抱きとめた理由も、今なら分かる気がした。
「やっぱり……お母さんと同じ、ただのクソ女ね。」清水柔は顔を真っ青にしてにらみつけた。「藤原真一は私の恋人よ。あんたが老人の一存で決めた婚約だけで、彼を奪えるとでも思ってるの?」
「……今、誰をクソ女って言った?」
清水初実の口元の微笑みが一瞬で消え、その瞳は底冷えするほど鋭くなった。
「私は――」
清水柔が言葉を継ごうとした瞬間、清水初実の姿がふっと消え、次の瞬間には彼女の背後に立ち、肘でその首を力強く締めつけていた!
「うっ!うっ!!」
清水柔の顔はどんどん紅潮し、喉からは息も絶え絶えの声しか漏れなかった。必死に床を蹴ってもがき、どうにかして外に助けを求めようとした。
しかし次の瞬間、清水初実が彼女の耳元に顔を寄せ、囁くようにこう告げた――
「ねぇ、あの小路で私をこうやって殺しかけたの、誰の指示だったと思う?」
その声はまるで幽霊のように冷たく、体中の毛が総立ちになった。
「この借りは、必ず返すわ――少しずつね、柔」
そして突然、清水初実はすっと腕の力を抜いた。
急に空気が肺に流れ込み、清水柔は必死で咳き込みながら後ずさり、ついに叫び声を上げた。「お父さん!お母さん!お兄ちゃん!茂夫さん!助けて!」
部屋の中から突然、清水柔の絶叫が響き、リビングにいた家族はすぐに異変に気づいて駆け寄ってきた。
駆けつけた途端、清水柔は清水景久の胸元に飛び込み、泣きじゃくりながら叫んだ。「お兄ちゃん!清水初実が、彼女が私を殺そうとしたの、首を絞めてきたの!」
清水柔はまさか清水初実が、自分が手を回したことまで知っているとは思っていなかった。
でも、あの殺し屋は証拠を一切残していないはず――だから、万が一ここで何を言われても、家族は自分を疑うはずがない、と高を括っていた。
——何?
その場にいた全員が思わず息を呑んだ。
清水茂夫はすぐさま声を荒げて清水初実を睨みつけた。「お前どうかしてるぜ。俺たちがいない間に柔をいじめて、しかも殺そうとしただと??」
「たとえ血がつながっていても、柔は俺たち家族の宝物だ。どうしてそんなことができるんだ?」
だが、清水初実はずっと俯いたまま何も言わなかった。やがてゆっくりと顔を上げ、その瞳には涙がいっぱいに溜まっていた。
「もし柔が私をこの家に置きたくないなら、私はまた田舎に戻ります……」
「さっきも、柔が私の腕を自分の首に押し当てて、それでこんなふうに傷だらけにされたのに」
「どうして……こんなふうに私を悪者にするの?」
そう呟いて、清水初実はそっと腕を伸ばした。そこには、真っ赤に腫れて血が滲む無数の爪痕がはっきりと刻まれていた。