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「ドン!」
李慕慕の頭がぐらつき、どうやら木の枠に当たったようで、痛みで目が覚める。
「いたっ……」李慕慕は頭をさすりながら目を開けたが、指先に触れたのは頭を覆う布切れだった。
目を開けたら、赤い布以外は何も見えてない。
「将軍様、どうか少しお情けを。ご存じのとおり彼は今日結婚したばかりです。せめて今夜だけでも過ごしてから。明朝いち早く必ず軍営へ向かわせます」外から年配の女性の懇願する声が聞こえてくる。
「だめだ、今夜中に出発する!」厳しい声で返事がくる。
もう一人は少し優しい声で言った:「私たちにはどうすることもできません。ここで追い求める時間があるなら、早く彼の荷物をまとめてあげたほうがマシだ」
続いて、外は慌ただしい物音の中、耳に心地よい男性の声が響いた。「父上、母上、必ず無事に帰ります。それから......私の代わりに妻に許しを請ってください。必ず戻ってくると」
必ず無事に帰ってくるようにという泣き声と騒ぐ声の後、外は静かになる。人々はもうさって行ったようだ。
李慕慕は頭を覆っていた布を取り除いて、それが赤い花嫁のベールだと気づく。
「どういうことだろう?」李慕慕は驚いて周囲を見回す。
部屋の内装は質素で、紙の窓、古びたタンス、ゴツゴツした木のベッドがある。
前の机には祝いの蝋燭が灯され、窓には「囍」の字が貼ってある。
李慕慕が下を見ると、自分は古代の婚礼衣装を着ている。粗い木綿で作られ、決して上品なものではない。
彼女は広告デザイナーで、確かに会社で二日二晩連続働き、最後にはあまりに疲れて机に突っ伏して少し仮眠をとったはずだ。なぜ目が覚めたらこんな状態になっているのだろう?
部屋を見回すと、鏡すらなかったが、台の上に水盥がある。
李慕慕は立ち上がろうとしたが、慣れない服装で、裾につまずきそうになる。
ベッドの枠をつかまって立ち上がり、急いで水盥の前まで行く。
中には清水があったが、部屋が暗すぎて、はっきり映らない。
李慕慕は振り向き、机の上から祝いの蝋燭を持ってきて照らし、何とか水面の反射で自分の顔を確認した。顔立ちは変わっていないようだが、肌はより粗くなっている。
彼女は毎日996の残業に耐え、クライアントの理不尽で無茶な要求に対応するので、肌のケアをする時間なんてない。
元々肌の調子はよくなかったが、今はさらにひどくなっている。
李慕慕は顔を触りながら、突然ドアの方から遠くから近づいてくる、慌ただしい足音が聞こえる。
李慕慕は急いで蝋燭を元の位置に戻し、ベッドの端に座った。まだベールを被り直してないうちに、ドアが開けられる。
外から慌てている様子の人の群れが入ってくる。
「慕慕」顧母は李慕慕のところに駆け寄り、彼女の手を握る。今は誰も李慕慕が自分でベールを取ったことを気にしている余裕はない。
「先程の話を聞いたでしょう?尚卿が徴兵されて、急いで行く事になり、少しの猶予も与えられなかったの」顧母は涙をぬぐいながら李慕慕に言う。「かわいそうな子、でも大丈夫、もう結婚式は済んだんだから、これからここがあなたの家なのよ。一緒に尚卿のお帰りを待ちましょう。尚卿は必ず無事に帰ってくるはずだから」
李慕慕は目の前の粗布の服を着た昔の人々を見て、しきりに瞬きをしながら、ようやく自分がタイムスリップしたことを悟る。
まさかこんな荒唐無稽なことが自分の身に起こるとは思わなかった……
「尚卿って……私の会ったこともない夫ですか?」李慕慕は探りながら尋ねる。
「そうよ」顧母の後ろにいた中年女性が言う。「顧家はみんないい人だ。たとえあなたの夫がいなくても、舅姑はあなたを粗末にしたりしないわ」
顧……
顧尚卿?
この名前、どこかで聞いたことがある気がする。
李慕慕は突然思い出し、先程、顧母は自分のことを慕慕と呼んでくれた、それで自分の鼻を指さして尋ねる:「私の名前は李慕慕かい?」
「この子、突然の出来事でどうかなっている。」その中年女性がまた言う、「あなたが李慕慕でなければ、何て呼ぶの?」
「ここは……永安村ですか?」李慕慕は素直に尋ね続ける。
周りの人々は李慕慕が大きなショックを受け、すぐに現状を受け入れにくい状態だと思い、気にせず頷いている。
李慕慕はまたいくつかの質問した後、ようやく確信した。
なんということだ、これはまさに信じ難いことで、小説の世界に入り込んでしまったのだ!
しかも彼女が以前読んだ小説の世界に。
彼女の今の役割は確かに男主人公の元妻だ。
この永安村は国境に近く、最近国境が不安定なため、適齢期の男性は全員徴兵されている。その中には男主人公も含まれている。
男主人公は結婚したばかりで、李慕慕のベールを上げる前に出発してしまう。
数ヶ月後、男主人公が戦死したという知らせが届く。
李慕慕は天が崩れ落ちたような気分で、若くして嫁入りしたばかりで、未亡人になったことが耐えきれない。
李慕慕は美しかったので、すぐに村の男やもめに目をつけられる。
その男やもめは、李慕慕が嫁入りばかりの若妻で、まだ何も経験せずに夫を亡くし、騙しやすいと思っていたのだ。
やがて李慕慕は本当にその男やもめに身を失ってしまう。
ある日の密会中に、男主人公の甥の顧柏遠に見つかり、当然彼は家に帰ってそのことを話した。
顧家の人々は当然怒り狂ったが、姑と舅は顧尚卿の名声を構っている。
彼が死んだ後、人の笑い者扱いにされたくなかったので、この恨みを呑み込み、時機を見て李慕慕をその男やもめに嫁がせる。
しかし思いがけないことに、李慕慕が再婚してまもなく、男主人公は生きて帰還し、軍功を立て、定遠将軍と封じられ、上級層に重用されていたのだ。
実は, 男主人公は確かに重傷を負ったが、女主人公に救われ、さらに一目ぼれされた。
その後、女主人公とお互いに苦難の中で愛を深て行き、更に男主人公は出世して大将軍になる。
一方、李慕慕の再婚した相手は、男主人公が生きて帰った事を知り、復讐をを恐れて、迎え入れたばかりの李慕慕を人身売買人に売り渡した。
李慕慕はまた人身売買人により豊かな商売人に転売される。
李慕慕はその商売人の家の豪華さを見て、下女としての生活に甘んじない。
自分の美貌を自覚し、機会を見つけて家の主人のベッドに忍び込んだが、やはり主人の正妻が気づかれ、現場を押さえられる。
その家の主人はすでに三人の側室を持っていたので、もう一人増えても構わない。
しかし、夫人が主人のために選んだ女と、こっそりベッドに忍び込んだ下女に対して、夫人の態度は明らかに違う。
そこで人々に命じて元妻を庭に引きずり出し、見せしめのために棒で打ち殺す。
当時、小説でこの元妻の末路を読んだとき、李慕慕は首を振りながら呟いた:作者は単に元妻を男女主人公のために立ち退かせるつもりだったが、どうしてこんなに悲惨な結末まで至るのかと批判した。
一方ではあの元妻は本当にバカらしいと、男って何がいいだろうと呟いている。
夫は家に帰らなくても、家には可愛くて行儀のよい甥や姪がいて、子供達をただで撫でることもできるし、自分が苦労して子供を産み育てる必要もなく、退屈したら彼らに遊んでもらえばいい。
こんな良い話がどこにあるんだろう!
まさか、このような良い話が、今まで恋愛経験のない自分が当たるとは!