六花の駆る白いジュエルナイトはイカルガの警戒を難なく突破し、甲板に着地する。
イカルガの見た目が巨大な船に小さな城が乗っているという奇妙な形に驚かされるが、今の六花の目に映るのはローゼがいるであろう寝室である。
早くローゼを捕らえて、そして、
「こ、殺すのか……」
その言葉を呟いた途端に魔導結界炉から発せられる不快な波動とは別の悪寒が背中に走る。
六花は歯を食いしばり目的地に向かうことを優先した。それにしても妙だ。甲板に着地したと言うのに、ジュエルナイトの足元に広がるのは大地と草木。周りを見ると『森』とまでは言わないものの自然が広がっている。
脳裏に自分が住んでいた家の庭の光景が過る。
「必ず、帰るんだ……ッ!」
六花は操縦桿を握る手に力を込め前へと押し込む。
白いジュエルナイトは一息に小さな城へ取り付こうと駆け出す。
次の瞬間、視界の端で何かが動いたような気がした。
途端に殺気が濁流のように押し寄せ、かと思えば、首を、ジュエルナイトのものではなく、六花の首を狙った鋭い殺気が一閃する。
反射的に操縦桿を引き、フットペダルを思い切り踏み込む。
白いジュエルナイトは六花の指示に従い、急制動を掛けるや後方へ飛び退く。高速移動からの急停止、それとほぼ同時に後方への跳躍。高機動を可能とするジュエルナイトの動きでも常軌を逸している。
それでも、そうしなければやられていた。
六花は全身に掛かる殺人的なGに顔を歪め、後から襲ってくる頭痛と吐き気を振り払う。
『貴様、このイカルガがフォーフェーズ皇国ローゼ・スプリム陛下のものだと知っての狼藉か!』
六花の前に現れたのは赤いジュエルナイト一騎だけだ。
騎操師は女性なのだろう。仮面の集団から得ていた事前情報によるとローゼの親衛隊長――サーニャ・ブランカだ。気が強く、操縦技術もかなり高いと聞いている。
六花は嘔吐感を抑えるため生唾を呑み込む。
空気が張りつめ緊張が走る。
『答えないのなら討つまでのこと!』
赤いジュエルナイトが右手に持った剣を両手に構えて一息に斬り掛かってくる。その気迫はまさに戦士のそれだ。気圧されればあっという間に押し切られてしまう。
白いジュエルナイトは右手に持った片刃の剣、元いた世界『地球』では刀と呼ばれた得物を横薙ぎして容易く斬り払う。
鉄と鉄がぶつかり合う轟音。加えて弾かれた空気が辺りを一瞬の暴風圏へと誘う。
「ハッ!」
白いジュエルナイトは返す形で刀を振り下ろし、鍔迫り合いに持ち込む。
六花は確かにローゼ暗殺の任務に参加した。
しかし、実際の役目はあくまで親衛隊長の足止めである。暗殺をするのはもう一人の、仮面の男だ。だが、もし仮面の男が失敗すればその役目は自分に回ってくる。
人の死を望みたくはない。
ただ今だけは、願ってしまう。
「ごめん、なさ……い……」
零れる六花の本音。
瞬間、赤いジュエルナイトは剣を無理矢理押し込み、鍔迫り合いを強制的に終わらせる。続け様に距離を詰め、左腰から右肩に掛けて一気に剣を切り上げる。
白いジュエルナイトは刀で防ぎつつ、衝撃を流すため後方へ滑空する。そのせいでローゼの小城からまた離れてしまったが、すぐさま駆け出し、赤いジュエルナイトに斬り掛かる。足止めだけならこのまま抑え込めばいい。
まとわりつくような六花の攻めに赤色のジュエルナイトは動きを制限される。
直後、小城の一端が爆発し黒煙が立ち昇った。
『ローゼ様!』
赤いジュエルナイトの視線が白いジュエルナイトから背後の小城へと向けられる。
その隙を見逃さない六花ではない。
目にも止まらぬ速さで赤いジュエルナイトとの距離を詰め、素早く刀を横薙ぎする。その軌跡は虚しく空を斬るだけだったが、お陰で立ち位置を変えることができた。背後に小城を取れば、赤いジュエルナイトも下手に攻撃できなくなる。白いジュエルナイトが赤いジュエルナイトの攻撃を躱せば、その攻撃はそのまま小城を破壊するからだ。
『どけッ!』
赤いジュエルナイトは気迫をそのままに剣ではなく、左拳を突き出し殴り掛かる。と見せかけて右手の剣を手放し、白いジュエルナイトにタックルする。さらに素早く白いジュエルナイトの腰裏に両手を伸ばし、固定器具のようにがっしりと捕らえるや思い切り投げ飛ばす。
「ぅわあああっ!」
六花は元々の吐き気と頭痛も相まってたまらず悲鳴を上げてしまう。それでも操縦桿を握る手とフットペダルを操作する足は冷静で、空中にある機体のバランスを瞬時に整えさせ、まるで四足獣の如く四つん這いの状態で着地させる。
例えるなら獣。
白いジュエルナイトは両腕を前足としてそのまま駆け出し、瞬きよりも速く赤いジュエルナイトとの距離を自分のものにする。
空かさず赤いジュエルナイトは右手を手刀にして迎え撃つも、白いジュエルナイトが頭上へ素早く跳躍したことで躱されてしまった。姿を見失う訳にはいかない赤色のジュエルナイトは視線を上に向ける。
次の瞬間、真横から凄まじい衝撃が側頭部を襲った。その威力たるや頭部を覆っていた装甲がひび割れるほどだった。
そんな攻撃をまともに受けた赤色のジュエルナイトは、そのまま真横に吹っ飛ばされ、凄まじい勢いで芝生に覆われた地面に叩きつけられる。
『なにッ⁉』
赤色のジュエルナイトの騎操師――サーニャの驚愕する声が外部マイクを通して木霊する。
完全なる意識外からの攻撃。
白いジュエルナイトの腰部背面から生えた尻尾によって右側頭部を殴打されたのだ。
「これでいい……これで……」
無駄な殺生はしない。したくない。
突然、いや、必然、塞き止めていた吐き気が一気に襲ってくる。抑え込んでいた分、今までにない吐き気と頭が割れるような痛みに気を失いそうになる。そんな時に限って左耳につけていた無線通信機に通信が入る。
『馬鹿者! お前のせいで失敗したではないか! お前がアイツ等を抑えていないから失敗したんだ!』
どういうことだ。
失敗したのか。
『私はこのまま離脱するが、お前は責任を取ってローゼを殺せ! いいな! さもなくば元の世界に帰れないと思え!』
そう言い残してイカルガの上空を閃光が飛び去っていった。よく見なくとも分かる。青いジュエルナイトとそれを牽引する黒いジュエルナイトだ。
自力で飛べなくなるほどの損傷を負ったということか。
「うそ……だ……」
仮面の男が言い残した言葉の意味は分かる。
しかし、そんなことを自分にできるのか。
いや、この暗殺計画に半強制的にとは言え、乗った瞬間から覚悟を決めなければならなかった。ただ後回しにしていただけだ。
殺さないと帰れない。
葛藤が六花の精神に大きな迷いを生み出し、操縦桿を握る手を震えさせる。でも、今すぐに覚悟を決めなければ二度と元の世界に帰れないかもしれない。
(本当に他の方法はないのか?)
六花は覚悟が決まらぬままローゼの下へ白いジュエルナイトの歩を進ませる。
その時、別のジュエルナイトが六花の前に立ち塞がった。
「もう一騎……それに紫色? そうか、だから……」
仮面の男が失敗した理由が分かった。情報にはない援軍がイカルガに乗り込んでいたのだ。
紫のジュエルナイトは双剣を手に一歩、また一歩とにじり寄ってくる。
『姉さん!』
赤いジュエルナイトが横たわっている方向から声が聞こえた。瞬間、視界いっぱいに凄まじい閃光が広がる。
六花はたまらず片目を閉じてしまうも、紫のジュエルナイトが挟撃してくるのを察知して上空へと飛び上がる。さらに流れるような動作で右手に持っていた刀を投擲し、赤色のジュエルナイトの腹部を穿つ。
操縦席は胸部中央にあるため、命までは取っていないはずだ。それにこれで赤いジュエルナイトは完全に動きを封じることができた。
あと一騎。
しかし、その一騎は新品同様だ。あとから参戦してきたともなれば稼働時間にも十分余裕があるだろう。一か八かやるしかない。
意を決した六花は魔導結界炉のリミッターを解除する。
途端に白いジュエルナイトの全身が激しく発光し、一気に出力が最高出力に達する。しかし、それだけでは止まらない。魔導結界炉から発せられる不快な波動も比例して強力になり、六花の身体を否応なく蝕む。
だが、それは同時に広範囲攻撃となり、紫色のジュエルナイトを襲う。
次の瞬間、紫色のジュエルナイトから騎操師の悲鳴が聞こえてきた。
『まさか、ろ、炉を暴走させて……ぐくッ!』
紫のジュエルナイトはそのまま膝から崩れ落ちた。
護衛はいなくなった。
六花は目的を達成したため魔導結界炉を止めようとする。しかし、
「だ、駄目だ! 止まらない!」
出力が暴走域に達し、緊急停止すら受け付けなくなっていた。
波動はさらに勢いを増していき気絶しそうになるも、寸でのところで意識を繋ぎ止めるが、機体もまた六花同様に限界を迎えた。
装甲の至る所がひび割れ始め、純白だった色もくすみ、灰色へと染まっていく。駆動系も反応しなくなり、関節部から砕けるように崩壊していき、最後には完全に機能を停止した。
六花はコックピットハッチを無理矢理こじ開け、おぼつかない足取りでローゼの下へ歩を進める。
まだ終わっていない。
彼女を殺すまでは。
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