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44.44% 薬神のレシピ 〜救済か破滅か〜 / Chapter 4: 王都の門と薬師試験

Bölüm 4: 王都の門と薬師試験

朝、村を出る準備をしていると、診療所で会った人たちが見送りに集まってきた。

「助かったよ、あんたら。ほんまに助かった」

「子どもが笑って寝た。久しぶりだね」

「次に来たら、祭りのパン焼いて待ってるからな!」と誰かが手を振る。年寄りが涙を拭き、若い母親が何度も頭を下げる。

その輪の外から、小さな声も混じった。

「……でも、やっぱり薬は怖い」

「早すぎる。人の手で、そんな」

沈んだ視線が一瞬だけルークに触れて、すぐ逸れる。

リリィが間に入った。

「飲み方は紙に書きました。量は守ってくださいね。もし変な症状が出たら、水を多めに飲ませて、すぐ中断を」

「分かってる。ありがとな、聖女さ……いや、リリィちゃん」

気まずさと礼が同居した空気。ルークは何も言わず、荷を背負い直した。

村の外れで老婆が近づいた。

「お若いの」

「はい」

「神様や思うた。……いや、悪魔かもしれん、て言うやつもおるわ」

老婆は自分で首を振って続けた。

「どっちでもええ。生きた。ありがとう」

ルークは短く会釈した。それだけだった。

出発してしばらく、風の音だけが続く。やがて、リリィが横を向いた。

「次は、もっと上手くやれますね。私も練習します」

「……ああ」

ルークは歩調を上げた。背中にさっきの声がまだ残っている。

王都に近づくほど、道は賑やかになった。荷馬車が軋み、行商人が声を張る。

皮をまとった獣人が背の籠を揺らし、空では輸送獣が影を落とす。

路肩に屋台が並び、香辛料の匂いが鼻をくすぐる。

「熱い肉串どうだ! 朝でもいけるぞ!」

「近づくな、空飛ぶ馬は機嫌が悪い!」

係の男が叫ぶと、翼のある馬が鼻を鳴らした。

リリィが目を輝かせる。

「王都は初めてですか?」

「……ああ。噂でしか」

「図書館も大聖堂も、薬草園もあります。薬草園の温室は、季節に関係なく咲いてるんです。きっと楽しいです」

ルークは息を吐く。

「観光か……俺には縁がなさそうだ」

「大丈夫。私が連れて行きます」

リリィが胸を張る。ルークは口の端だけ、少し上げた。

人波の向こうで、黒い外套の影がふとこちらを見た。視線が合う前に、人混みに紛れて消える。

白い外壁が見えてきた。高い尖塔。

壁に刻まれた魔導の紋が淡く光っている。

門の上では魔法騎士が巡回していて、杖の先が時々光った。

門前は行列だ。旅人、商人、兵士、貴族の馬車。順番を待つ間にも、王都のざわめきが波のように押し寄せてくる。

「次」

鎧の門番が手を上げる。鋭い目つきだが、声は事務的だった。

「身分証は?」

リリィが小さな革袋から銀の板を出す。

「聖女見習いの証です」

門番の目が変わった。

「……聖堂の印。失礼しました。同行者は?」

「薬師です」

ルークが前に出る。腰の薬瓶がかすかに鳴った。

門番の視線が瓶に落ちる。列の後ろから囁きが走った。

「薬師だってよ」

「爆発物じゃないだろうな」

「去年、門で怪鳥を焼いた薬師がいたろ。壁が半月黒かったやつだ」

「やめろ、縁起でもねえ」

リリィがすかさず言葉を重ねる。

「彼は、私が信じる薬師です」

門番はルークとリリィを見比べた。少し間を置いて、頷く。

「……通っていい。ただし、王都で活動するなら登録が必要だ。薬師ギルドで試験を受けなさい」

「分かりました」

ルークが答えると、門番は印を押した札を渡してきた.

門をくぐると、空気が変わった。石畳の道。両脇の建物は二階三階が連なり、木の窓から色とりどりの布が揺れる。

香辛料、パン、油の匂い。人の声が重なって、街の音になる。

「見てください、あれが大聖堂です」

リリィが遠くの尖塔を指した。

「薬草園はあの区画。午后に行きましょうか」

「試験が先だ」

「試験の後です」

リリィは笑って、歩を速める。

途中、薬屋の前でルークの足が止まった。店先の瓶に目が吸い寄せられる。

「……濾過が甘い。沈殿の層が二本ある」

「ルークさん、顔が怖いです!」

リリィが小声で肘をついた。

「今は通り過ぎましょう。あとで来て、ちゃんと見ればいいです」

「……分かったよ」

ギルドの前、庇の影に黒衣の影が立っていた。こちらに一度だけ視線を寄越し、柱の陰へ消える。

やがて、薬師ギルドの建物が見えた。白い石と濃い木が組み合わさった堂々とした建物。

扉を開けると、薬草の香りが流れてくる。磨かれた床。壁には薬草の図が飾られ、ガラスのケースに古い器具が並んでいた。

受付の前に列ができている。順番が来た。

「試験を受けたい」 

ルークが言うと、受付嬢はまっすぐこちらを見た。落ち着いた目だが、柔らかさは少ない。

「危険薬を作らないと誓えますか」

短く、はっきりとした口調だった。

ルークは数秒だけ黙った。その間に、リリィが一歩出る。

「彼は人を救うために薬を作ります。私が保証します」

受付嬢はリリィに一礼し、ルークに視線を戻す。

「では、受験料を。規約は読んでください」

紙束と羽根ペンが差し出される。ルークは規約に目を通し、署名した。

「試験室へどうぞ。制限時間は一刻。課題は癒し薬の調合。支給する薬草のみ使用可能。失敗すれば即失格です」

「分かりました」

厚い扉の向こうは広い室内だった。作業台が十ほど並び、それぞれに器具が揃っている。

火口、ビーカー、秤、乳鉢。棚には支給用の薬草が箱ごとに置かれていた。

受験者が既に何人かいる。学者風の男が眼鏡を押し上げ、商人崩れの風の女が手を擦っている。フードの影から視線だけが光る男もいた。

試験官が入ってくる。灰色の外套。無駄な言葉はない。

「課題の薬草は三種。銀葉草、赤根花、青晶茸。癒し薬を作れ。品質は官能検査と簡易魔導測定で判定する。時間は今から一刻。始め」

砂時計が回された。静けさが落ちる。道具の音だけが鳴り始めた。

ルークはまず薬草の箱を開ける。銀色の細い葉。根が赤い花。青く透ける小さな茸。手袋をはめ、一本ずつ状態を確かめる。

「銀葉草は水分が少し飛びすぎ。煎じる温度を少し下げる」

独り言が小さく落ちる。

火をつける。鍋に少量の水。銀葉草をほぐして入れ、ごく弱火で煮る。

赤根花は根の皮を均一に剥ぎ、刻みを揃える。

青晶茸は石皿に広げ、薄く均一に熱を当てる――温度は一度もぶれない。毒気を逃がさず、触媒化だけを正確に進める。

斜め後ろから、ぽつりと漏れる。

「そんなやり方……」

多くは煎じてから触媒を入れる。ルークは逆だ。だが手は迷わない。

鍋の縁で均一な泡が立つ。音は静かで一定。

ルークは泡の大きさと速さで温度を読み、赤根花を三回に分けて投入する。赤みが広がりすぎず、液は澄んだまま。

青晶茸は半透明の芯だけを残し、乳鉢で微粒に砕く。

所作は無駄がない。どの器も静かに応える。

試験官が一度だけ足を止め、短く言う。

「……興味深い手法だな」

砂時計の砂が落ちる音だけが続いた。隣の鍋からは焦げの匂いが立ち、別の卓では泡が荒れている。小さな嘆息がいくつか。

ルークの鍋だけが、最後まで音を乱さない。

青晶茸を投入。濁りが一瞬だけ広がり、綺麗に消える。表面の泡が揃ったところで火を止める。

器を水盆でゆっくり冷やし、瓶に移して密栓。光に透かす。澄んだ琥珀色。底に沈殿はない。

周りから小さなざわめきが起きた。

「色が綺麗すぎる……」

「触媒を先に?」

「終了」

試験官の声が響き、砂時計の最後の砂が落ちた。器具が止まり、受験者がそれぞれの瓶を提出する。

試験官が順に検査していく。匂い、粘度、光の通り。簡易魔導測定器に一滴落とすと、淡い光が灯る。効能の目安になる。

ルークの瓶の番になった。試験官は香りを嗅ぎ、粘度を指で確かめ、測定器に一滴垂らす。器が強く光り、静かに安定した。

「……見事だ。効能は申し分ない」

そして一拍置いて、淡々と続ける。

「だが、配合が常識外れだ。危うい手だ。扱いを誤れば毒霧が出る」

周囲がまたざわつく。

「やっぱり危ねえやり方だ」

「でも効いてる……なんだあれ」

試験官は記録に何かを書き、顔を上げた。

「結果を掲示する。待て」

受験者が壁際に寄る。しばらくして、紙が打ち出され、名前と結果が貼られた。合格、合格、失格……と並ぶ中に、ルークの名があった。

「合格。活動条件付き」

紙の横に小さな注釈もある。

「王都監視下での活動を許可。危険薬調合の兆しが見られた場合、即時停止」

リリィがぱっと顔を明るくした。

「やりました!」

ルークは紙を見つめ、短く答える。

「……まだ入口に立っただけだ」

「入口が開きました。大事です」

試験官が合格者に近づき、登録の手続きを説明する。

「活動区域、報告義務、販売上限……」

ルークはうなずき、必要な書類に署名した。

「以上だ。次」

試験官はくるりと背を向け、別の受験者に声をかけに行った。

ギルドを出ると、夕方の光が街を橙に染めていた。人の流れはまだ多い。

何かの楽団が通りを演奏しながら進んでいく。屋台の男が鍋を振って、香ばしい匂いを漂わせた。

「肉串、どうです? 今なら一本おまけ!」

リリィが財布を握る。

「一本ください。……二本?」

「二本で三本にしとくよ、お姉さん」

「やった」

手にした串をルークに一本押し付ける。

「試験合格祝いです」

ルークは受け取り、小さくかじった。

「……悪くないな」

「おいしい、です」

リリィは大口で頬張り、幸せそうに目を細めた。

広場の端で、一瞬だけ冷たい視線が走った。

黒衣の男が建物の陰からこちらを見ている。

視線が絡むと、男はすぐに目を逸らし、群衆に紛れた。

リリィは気づかない。ルークは串を持つ手をほんの少し止めて、何事もなかったように歩き出した。

「このあと、どうしますか。宿に行きます?」

「そうしよう。登録証を受け取るのは明日だ」

「じゃあ、その前に薬草園だけ、外から見るだけ。ほんの少し」

「……分かった。外からだけだ」

「やった」

石畳を歩く。大聖堂の鐘が遠くで鳴った。王都の夜が始まる。

昼よりも音が増え、人の気配が濃くなる。灯りが一つ、また一つとともる。

リリィが並んで歩幅を合わせた。

「ねえ、ルークさん」

「なんだ」

「今日、顔が怖い時間、少なかったですよ」

「そうか?」

「はい。だから、たぶん明日も大丈夫です」

「根拠は」

「なんとなくです。私のそういう勘、当たるんです」

ルークは肩の力を少し抜いた。

「……頼りにしている」

「任せてください」

宿に着くまでの間、ルークは何度か後ろを見た。黒衣の気配は見えない。

だが、何かが動き始めた予感は消えない。

「明日は早めに動こう」

「はい。朝の薬草園は空気がいいです」

「……試験の説明、診療所向けの資料も書く」

「紙は私が用意します」

宿の看板が見えた。小さなランプがきれいに磨かれて、優しい光を出している。扉を開けると、温かい湯気とパンの匂いが迎えてくれた。

「二人、泊まりで」

「部屋は一つ? 二つ?」

「二つで」

リリィが即答する。宿の娘がぱっと笑った。

「はい、二つですね」

鍵を受け取り、階段を上がる。廊下の窓から王都の夜がのぞいていた。遠くで演奏が続いている。明かりが川のように流れていく。

部屋の前で、リリィが立ち止まった。

「ルークさん」

「なんだ」

「合格、おめでとうございます」

「……ああ、ありがとう」

「明日も、一緒に行きましょう」

「もちろん」

扉が閉まる音が二つ。少しの間だけ、静けさが戻る。

ベッドに腰を下ろすと、今日の出来事が順に浮かんだ。

ルークは腰の薬袋を手元に引き寄せた。瓶の栓を一つずつ確かめて、深く息をした。

——まだ入口に立っただけだ。

窓の外で、また鐘が鳴った。王都の夜は長い。けれど、今日はよく眠れそうだ。


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