病院——
美穂は思いもしなかった。三年間も病院に行かなかったのに、葉山家に来た初日で、あっという間に二回も行くことになるとは。
「海鮮アレルギーですね。お子さんの胃腸は敏感で、発疹が出ていますが、幸い重症ではありません。軟膏を処方しますので、塗ってあげてください。今後は気をつけて、消化の良い食事を心がければ大丈夫です」
医者は横に立ち、額の冷や汗を拭いながら、椅子に座る葉山猛を恐る恐る見つめて言った。
同じく恐る恐るしているのは、壁際にしゃがみ込む葉山昭平だった。
葉山猛は美穂を抱きながら、指でトントンとテーブルを叩いていた。
周囲の空気は重く沈んでいた。
「アレルゲンは、あの粥の中のエビで間違いないのか?」
葉山猛は冷たい表情で尋ねた。
「は、はい……」
夏目渉は唾を飲み込み、壁際の葉山昭平に同情の眼差しを向けた。
美穂は自分の腕をかいた。かなりかゆいな。
葉山猛は美穂の手を掴んだ。
「かいてはダメ。かきむしったらどうする?」
美穂は悲しそうに小さな口を尖らせた。
「パパ、お兄ちゃんはわざと美穂に粥を飲ませたんじゃないよ。怒らないで」
壁際にしゃがんでいる葉山昭平は、心配そうに美穂を見ていたが、美穂の言葉を聞くと、まるで春風に包まれたかのように感じた。
俺の妹はなんていい子だ。自分がアレルギーを起こしているのに、お兄ちゃんのために弁解してくれるなんて!
でも……待てよ。
美穂、お前が言わなければ、親父は俺が食べさせたことなんて全然知らなかったんだぞ!
葉山猛は葉山昭平を一瞥した。
「お前が食べさせたのか?」
葉山猛は立ち上がり、美穂を夏目渉の腕に託した。
「薬を塗ってやってくれ」
足音が近づき、葉山昭平の心中の警報が大きく鳴り響いた。
「父さん……俺は本当に美穂が海鮮アレルギーだなんて知らなかったんです!本当に偶然です!」
夏目渉はすぐに察し、片手で美穂を抱え、医者を引っ張って病室から出た。
「伊藤主任、葉山社長がちょっとお部屋をお借りします」
ドアが閉まった。
「父さん!本当に事故なんです!もう二度としませんから!」
葉山昭平は後ずさりし続け、ついに背中が冷たい壁に触れた。
「授業をサボり、先生を骨折させ、今度は美穂にアレルギーを起こさせるとは」
葉山猛は自分の手首をほぐした。
そして……
「父さん!ここは病院だぞ!やめてくれ!やめて!あああ!」
凄まじい悲鳴は、病室のドア越しにも、美穂にははっきり聞こえた。
美穂は手の赤い発疹に息を吹きかけた。
意図したわけではないけど、自分だけが苦しむわけにはいかないわ。お兄ちゃん、パパの愛を受け止めてね〜
夏目渉は腕の中で平然と発疹を吹いているお嬢様を見つめた。
目の錯覚だろうか?お嬢様が笑っているように見えた。
さっきまで悔しそうで泣きそうな顔をしていた子とは全く別人のようだ!
何かに気づいたように。
美穂は顔を上げ、潤んだ目で夏目渉を見つめ、哀れな様子で言った。
「おじさん、パパは美穂ちゃんのこと怒ってる?お兄ちゃんとだけ遊んで、美穂ちゃんとは遊ばないの?」
涙が瞳に溜まり、美穂が必死に涙をこらえる姿は、一瞬で夏目渉の心を打ち抜いた。
なるほど、ただ旦那様が五坊ちゃまと遊んでいて、自分を置いて行かれたと思っているのか!
お嬢様はなんて純真なんだ!
こんな純粋なお嬢様を疑った自分が、実に恥ずかしい!
夏目渉は美穂の背中をトントンと叩き、隣の部屋へ向かった。
「そんなことありませんよ。旦那様はお嬢様を心配されているんです。おじさんがお嬢様にお薬を塗ってあげたら、すぐにパパとお兄ちゃんに会いに行きましょうね?」
美穂は素直にうなずき、夏目渉の胸に顔をうずめた。
夏目渉が薬を塗り終えた美穂を抱いて戻ってきたとき、部屋の中はまだ荒れ狂う嵐のようだった……
美穂はドアを開けた。
葉山猛はちょうど葉山昭平の襟首をつかんでいた。
「パパ」
美穂は短い足で駆け寄り、葉山猛のそばに走り寄った。
葉山猛は手を放し、自分の袖口を整えた。
「薬は塗ったか?」
葉山猛は自分の足にしがみついている美穂を一瞥した。
美穂はうなずき、柔らかく甘えた声で言った。
「パパ、もう怒らないで」
葉山猛はフンと鼻を鳴らし、とりあえずこのダメ息子を許すことにした。