「な、何ですって?」
「まさか……本当なの?」
「きゃああああ!!」
他のメイドたちも悲鳴を上げ、慌てて海斗の体を手放した。
床に崩れ落ちた海斗は、まったく動かない。蒼白な顔色は先ほどと何ひとつ変わらなかった。
ベッドの上では、シーツを即席のドレス代わりに身につけた美月が、こっそり抜け出そうとしていたが、その言葉に思わず視線を床へ向けてしまう。
室内にいる女たち全員が、息をのんで海斗を凝視した。
数秒が過ぎ――彼の胸は上下せず、呼吸の気配もなかった。
「いやあああ!誰か!海斗様が大変です!」
「旦那様!奥様!海斗様が……息をしていません!」
メイドたちは恐慌状態で叫び声を上げ、我先にと部屋を飛び出していった。
美月は呆然としたまま、ベッドの上で硬直していた。
伊藤海斗が、死んだ?
どうして……こんな……
、
二分ほど経った頃、慌ただしい足音と泣き声が屋敷中に響き渡り、彼女の意識を現実に引き戻す。
「海斗、海斗、どうしてなの……!」
中年の女性が泣き崩れ、よろめく。
「つい先日まで元気だったじゃないか! 医者だって、まだ数か月は大丈夫だと……どうして、どうしてこんな急に……!」
八十を越えた老婦人はその場に倒れこみ、絶望の叫びを上げたまま、ついには気を失ってしまった。
「奥様! お婆様が!」護衛達とメイド達は気絶した老婦人を見て大声で叫んだ。
中年の女性もよろめきながら、震える声でーー
「すぐ病院へ!それに、旦那に知らせろ!」
「かしこまりました」護衛たちが慌てて老婦人を抱え上げ、外へと運んでいく。
中年の女性――伊藤奥様はよろめきながら床に膝をつき、呼吸を失った長男の体を抱きしめ、泣き叫んだ。
「奥様……もう、海斗様は……どうかご自愛を……」
そばのメイドが震える声で慰めようとする。
だがその言葉に、伊藤夫人は激昂したように顔を上げた。
「そんなはずはない!医者は余命を告げただけで、こんなに早く逝くなんて……お前たちが何かしたんじゃないの!?」
メイドたちは震えながら必死に首を振った。
そのうちの一人が、恐る恐る口を開く。「奥様……わ、私たちは何も……。昨日、海斗様と美月さんが部屋に閉じ込められてから、私たちは中へ入っておりません。昨日は確かにお元気でした。でも……もし何かにショックを受けたのだとすれば……」
メイドはおそるおそる指を伸ばし――
ベッドの端に座り、透明人間のように誰からも無視されていた美月を示した。
「……その『刺激』を与えたのは、佐々木さんかもしれません」
奥様の目がぎらりと光り、氷のように鋭い視線が美月へ突き刺さる。
即席のシーツドレスでは、美月の首筋や鎖骨、腕に残る赤い痕跡を隠しきれなかった。
その姿を見た瞬間、奥様ははっと気づく。
――昨晩、義母と共に仕組んだあの計画を。
国外から取り寄せた薬を使い、長男とこの“代母”の娘を同じ部屋に閉じ込めたことを。