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「皆様、当機は帝都国際空港に着陸いたしました。外の気温は……」機内アナウンスの声は次第に小さくなっていった。
松田詩織は客室乗務員の優しい肩たたきで、ゆっくりと目を開いた。
深いブラウンの瞳が客室乗務員の目に飛び込んできた。数多くの美人を見てきたはずの彼女でさえ、思わず息をのんだ。
この日の帝都。
風が穏やかで、晴れ渡っていた。
詩織は飛行機を降りた。周囲の乗客が荷物を手に急ぎ足で出口へ向かう中、彼女だけは落ち着いていた。
一人で通路をゆっくりと歩いていく。
同じ便の乗客たちは少し離れたところから、何度も振り返って彼女を見た。
中には恐る恐る声をかける人もいた。
「あの、もしかして……」芸能人ですか?
女性の冷ややかな声が響いた。「違います」
襟元に挟んでいたサングラスを指で軽く引き寄せ、
鼻にかけ、周囲の好奇の視線をほとんど遮った。
荷物はまだターンテーブルで受け取らなければならない。
夕日の光が空港の外の空を染め、人々は次々と外を見て、2、3人ずつ言葉を交わしていた。詩織はつい横目でそちらを見て、赤い唇をわずかに上げ、荷物を受け取ると大きな窓の前に立った。
数分後、スマホを取り出し、遠くの橙色の空を一枚撮った。
今の名前で使っている唯一のSNSにアップした。
【Echo_of_Shino:ここにいる。 [画像]】
その短い投稿と一枚の写真で、ファンたちは一気に沸き立った。
フォロワー200万人を抱えるインフルエンサーであり、有名声優、作詞作曲家でもある彼女にとって、これは初めて明かす私生活の一幕だった。
顔を見せない、プライベートについて語らない、広告を受けない。
詩織の三原則は、一度も破られたことがなかった。
半年前、あるドラマの仕事を引き受け、チームごと海外へ渡った。
この半年間ほど、SNSをすっかり放棄していたが、ようやく帰国した。
もし主演の林隼人が自ら訪ねてきて頼まなければ、この吹き替えの仕事は受けなかっただろう。
「志乃、やっと現れてくれたね」
「おばあちゃん、好きなインフルエンサーが更新したよ、早く見て」
「志乃、もう少し帰ってこなかったら、ラジオ番組に草が生えるところだったよ」
「志乃が外国のイケメンにさらわれたのかと思ったよ」
「画像だぞ、みんな!彼女が作品以外のものを投稿してる!生きてるうちにこんなの見られるなんて……!」
「帝都の空港みたいだね、どのターミナルかはわからないけど」
「志乃は帰ってこないはずないよ、だってここには彼女を待ちくたびれたかわいいファンたちがいるんだから」
……
2月28日の夜8時半、M国発・帝都国際空港行きの直行便に、客室乗務員でさえ何度も見返して「美人だ」と絶賛する女性が乗っていた。
旅行客の中には一瞬、彼女を芸能人と勘違いする人もいた。
到着口を出た詩織は急いで外に出ることはせず、スーツケースを引きながら後方の休憩エリアに腰を下ろした。
イヤホンをつけてスマホを開いたところだった。
前方でざわめきが起こり、声のする方を見上げると、一瞬、漆黒が視界を横切った。
黒いコートを着た男性がサングラスをかけ、出口を急いで通り過ぎていく。後ろには数人のアシスタントが続き、すぐに視界から消えていった。
女性は再び頭を下げ、両手でスマホのキーボードを打ちはじめた。
少し考え込んだ後、やはりメッセージを送信することにした。
ただ、サングラスの奥の目尻は薄く赤くなっていた。
【2020年2月29日、空港で高木彰を見かけた。彼を好きになって5年になる。】
そしてこの日を境に、私たちの関係は二本の平行線ではなくなった。