第四章 — セリクス、エンヴァーへの執着
(Dai-yon-shō — Serikusu, Envā e no Shūchaku)
セリクスは、エンヴァーの正面に座っていた。
化粧は崩れ、髪は乱れ、顔色は死にかけた月のように蒼白だ。
それでも、その瞳だけは閉じられない。
瞬きもせず、エンヴァーを見据え――まるで恋に落ちたかのように。
いや、それ以上に古く、禍々しいものに取り憑かれているようだった。
「俺の何を見ている? その瞳が紅に染まるほどに。」
エンヴァーの声は、氷の刃が喉元をなぞるような冷たさだった。
顎に手を添え、その視線は虚構を貫く。
セリクスの体内では、二つの魂がぶつかり合っていた。
ひとつは人の魂。
もうひとつは――白蛇の怨霊。
古の時代から潜み、人の肉体を借りて息づく妖の魂。
「もう長く居座りすぎた。」
エンヴァーは低く呟く。
「望みは果たしただろう。出て行け……さもなくば、この手で引きずり出す。」
袂から彼は数枚の**御札(おふだ)**を取り出し、卓上に一枚ずつ並べた。
和紙の擦れる音は、まるで途切れた祝詞(のりと)のように不吉に響く。
「“鬼(き)”の呪により、お前の力は既に削られているはずだ。
セリクス……腹の奥、まだ灼けるように熱いか?」
まるで応えるように、セリクスの腹の中で蛇の仔が蠢く。
臓腑をかき回す感覚に、彼女は悲鳴を飲み込み、椅子を揺らした。
「今すぐ、その腹を裂きたくなる……。」
エンヴァーは無情に歩み寄る。
「覚えている――お前の穢れた手が、初めて俺の御札に触れた瞬間を。
その時悟った。お前は災厄を招く者だと。」
エンヴァーの札は、ただの紙切れではない。
それは封印であり、運命を招く鍵だ。
邪な心で触れた者は、自らを裁きの場へと導く。
「一枚、選べ。すぐに終わらせてやる。」
だが、セリクスは歪んだ笑みを浮かべた。
「興味がないの? この顔も……この身体も……?」
艶やかに囁き、立ち上がって距離を詰め、指先で髪を弄る。
「望むなら……奉仕してあげる。代金はいらないわ。褒美だと思って。」
エンヴァーは冷笑を浮かべた――瞳は一切笑っていない。
「愚か者が……。」
腰の**脇差(わきざし)**に手をかけたその時――
丸羽(まるば)が彼の手首を掴み、鋭く制した。
「やめなさい!」
エンヴァーの血が沸き立ち、皮膚の下から赤い糸のようなものが溢れ出す。
それは生きた鞭のようにしなり、セリクスの体を打ち据え、椅子へと縛りつけた。
丸羽は後ずさりし、震える声を漏らす。
エンヴァーは立ち上がり、死神のような冷たい目で告げた。
「二度と……俺に触れるな。」
その声は、祈り疲れた天から落ちる呪いのように重く響いた。
彼は知っている。
最大の禁忌は――人を殺すこと。
セリクスが死ねば、その体に宿る呪いが解き放たれ、封印が崩れる。
だが、嫌悪と怒りは毒のように血に溶けていた。
セリクスの中の“蛇”を――必ず引きずり出す。
エンヴァーこそが、その最後の執行者である。
この章の最後まで読んでいただきありがとうございます。エンヴェルの旅はまだ続き、その一歩一歩が隠された秘密へと私たちを導きます。次の章もお楽しみに!