嵐の雨の夜、謎の男はエレナを再び説得することに失敗した。そのことが、男を少し失望させたようだ……
かつて彼が知っていたエレナは、もはや同じ女性ではなかった。
エレナの心には愛の感情などなく、残っていたのは深い失望からくる憎しみだけ。
エレナの変化以外にも、男をさらに落胆させる事実があった。そしてそれは……
「マイケル……か。『全ての人間に幸福をもたらす天使』から取った名前だ。
レナが、我が子にそんな美しい名を付けたのか……正直、まだ受け入れるのが難しい……」
男は少し寂しげにそう呟いた。
激しい雨の中、エレナの家を後にした謎の男は、真夜中の街に立ち、青く輝くテニスボール大の水晶玉を取り出した。
エレナを説得できなかった今、男は誰かと連絡を取り、これまでの出来事を報告する必要があった。
エレナの息子が「マイケル」と名付けられたことも、その中に含まれていた。
「少し整理させてくれ……つまり、この約7年間、エレナ嬢はシルヴァスカ王国で一人でお前の子を育てていた。
そして、お前は魔法塔の問題に忙殺されている間に、彼女を『邪魔だ』という理由で離婚した。
なるほど、なぜ彼女がもうお前に会いたがらないのか、少し理解できた……
だが、マジで本気か!?
彼女がたった一人で7年も子を育てていたのに……お前は今までそれに気づかなかっただと!?」
水晶玉の中から聞こえる男の声は、驚きと怒りに震えていた。
謎の男は、遠く離れた友人と通信していた。
その友人は、過去のエレナをよく知っているようで、「エレナ嬢」と呼び、彼女への同情を隠さない。
「まあ、そんなところだ」
男は淡々と答えた。
「ハァ……!」
ため息が漏れる。
「お前が狂っているとは以前から思っていたが、これは……本当にヤバいぞ!
俺が魔法外交と遠征で忙しかった間に、お前とエレナ嬢の間でこんなことが起きていたのか。
つまり、結婚中からお前は彼女を無視し、彼女が何をしていようと一切気にかけなかった……だと!?
今までお前のトラブルの後始末は何度もしてきたが、この件に関しては黙っていられん……。
第一、お前は妊娠中の女性を離婚した.
第二、その上、敬意も後悔もなく彼女を捨てた。
第三、彼女の貴族権を剥奪し、国外追放までした。
正直、考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ……。
お前はただのクズ野郎だ。最低な男ですら、相手に少しの同情はするものだが!」
友人である男は、この状況に我慢ならなかったようだ。
これまでにも数々の問題を処理してきたが、今回は限度を超えていた。
これは単なる家族の問題ではなく、重大な政治的スキャンダルにもなり得る。
「わかっている、兄貴……。だからこそ、俺はレナを説得して連れ戻そうとしたんだ。
彼女が俺を憎む理由は十分理解している……だが、ただ責任を果たしたいだけだ。
彼女と一緒に、我が子を迎え入れたい……」
男は「兄貴」と呼びかけ、真剣に語った。
「……その考えはやめておけ。
俺の妻はエレナ嬢をよく知っているが、彼女は一度傷つけた者を決して許さない。
ましてや、かつて最も信頼していた者なら尚更だ」
友人は、男の計画を諦めるよう忠告した。
「……で、その子の件だが。
本当に帝国皇族の特徴を持っているのか?」
友人はさらに問いを重ねる。
「赤い瞳に、漆黒の髪……だと?」
「ああ、この目で確かめた。あの子は……間違いなく俺の子だ」
男は確信を持って答えた。
「……ふむ。これはまずいことになるかもしれん。
もし本当に帝国皇族の血を引いているなら、あの子も同じ能力を持っている可能性がある。
そのまま放っておくわけにはいかん……」
友人は警戒したように言った。
皇族の力が敵国に渡れば、帝国にとって脅威となる。
「だからこそ、俺はレナと子供を早く連れ戻さなければ――」
「軽率な行動はするな!」
男が勢い込むと、友人は即座に制止した。
「お前は今、中立国シルヴァスカに潜入している身だ。
不用意に動けば、魔法同盟に察知され、シルヴァスカも敵に回すことになる。
帝国は既に多くの敵を抱えている。これ以上増やすわけにはいかん」
「シルヴァスカに関しては、正式なルートで入国できるよう手配しよう。
だが、今は東部戦線が逼迫している……ヘリオス陛下、すぐに援軍が必要だ」
最後に、友人は男を「陛下」と呼んだ。
――この謎の男は、帝国の高位者、あるいは皇族そのものなのか。
「ちくしょう……! どうして、いざという時に限って急用が入るんだ……!?」
男は苛立ちを滲ませた。
「……わかった。東部に向かう。
だが、レナと子供をハスヴァルトに連れ帰る計画はしっかり立てておけ。
一刻も早く、彼らを迎えに行きたいんだ」
男は不承不承ながらも戦線への支援を承諾し、再びエレナ親子を奪還する決意を固める。
「…………」
やがて、男の足元に魔法陣が浮かび上がった。
白と淡い青の光を放ち、その術式は一瞬で男の姿を包み込む。
――空間転移魔法。
男の身体は光の中に消え、遠く離れた戦場へと飛ばされていった。
(次回へ続く)
—To Be Continued—