第10話:消えた痕跡
[冬夜の視点]
「キャンセル?」
冬夜の声が震えた。
「半月前に......雪音が?」
ホテルスタッフは困惑した表情で頷いた。
「はい。白鐘雪音様から直接お電話をいただきまして......」
冬夜の頭の中で、記憶の断片が蘇り始めた。
半月前。紅の妊娠が発覚した日。
あの日から、雪音の様子がおかしかった。でも自分は紅のことで頭がいっぱいで、雪音の変化に気づこうとしなかった。
「冬夜!」
母親の鋭い声が響いた。
「どういうことなの?」
周りにいた親戚や友人たちも、ざわめき始めた。
「結婚式はどうなってるの?」
「雪音ちゃんはどこにいるの?」
質問が飛び交う中、冬夜は何も答えられずにいた。
母親が冬夜の腕を掴んで、ロビーの隅に連れて行った。
「今すぐ雪音に電話しなさい!まだ結婚する気があるのかどうか、はっきりさせて」
母親の声は怒りで震えていた。
冬夜は震える指でスマートフォンを取り出した。
雪音の番号を選択して、発信ボタンを押す。
『おかけになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため......』
機械的な音声が流れた。
もう一度かけ直す。
『おかけになった電話番号は......』
同じ音声が繰り返される。
----
その頃、雪音は皇都行きの航空機の中にいた。
離陸から一時間が経過し、機内は静寂に包まれている。
窓の外に広がる雲海を見つめながら、雪音は冬夜のことを思った。
今頃、彼は結婚式場で何が起きたのか理解しているだろうか。
それとも、まだ自分が戻ってくると信じているのだろうか。
雪音は目を閉じた。
もう、振り返らない。
----
[冬夜の視点]
冬夜は家に向かって車を走らせていた。
もしかしたら、雪音は家にいるかもしれない。
体調を崩して、結婚式に来られなくなったのかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、アクセルを踏み込んだ。
家の前に到着すると、冬夜は急いで玄関の鍵を開けた。
「雪音!」
声をかけながら中に入る。
しかし、返事はない。
リビングに入ると、いつもと変わらない光景が広がっていた。
でも、何かが違う。
冬夜は部屋を見回した。
テレビ台の上にあったはずの、雪音との写真が入ったフォトフレームがない。