Chương 6: 第06話：偽りの優しさ
第06話：偽りの優しさ
深夜、玄関の扉が開く音で雫は目を覚ました。
「ただいま」
彰の声が響く。雫は寝室のベッドから起き上がり、階段を降りた。
彰はジャケットを脱ぎながら振り返る。
「起こしたか？悪い」
「いえ」
雫がジャケットを受け取ると、きつい香水の匂いが鼻を突いた。美夜の香水だ。
彰は雫の前に立つと、優しく微笑んだ。
「赤ちゃんは元気か？」
雫の体が硬直する。
赤ちゃん？もうどこにもいないのに。
「次の検診、絶対に一緒に行くからな」
彰は雫のお腹に手を当てようとする。雫は反射的に身を引いた。
「どうした？」
「何でもない」
彰は雫を抱きしめた。
「お前、嫉妬深すぎるんだ」
雫の肩に顎を乗せながら、彰は続ける。
「俺の面子も丸潰れだよな？美夜の前で、あんなに疑い深い顔をして」
雫は彰の胸に顔を埋めたまま、静かに息を吐いた。
結婚三年目の記念日。彰が美夜の前で跪いた日のことが蘇る。あの日から、何も変わっていない。
「明日は誕生日だろ？どこに行きたい？」
彰が雫の髪を撫でながら尋ねる。
雫は顔を上げた。
「瑠璃島」
「は？」
「前に約束してくれたでしょ？瑠璃島の温泉旅館」
彰の表情が曇る。
「遠すぎるだろ。近場のリゾートホテルにしよう」
即座の拒絶。
雫は心の中で苦笑した。美夜のそばを離れる気は、やはり毛頭ないのだ。
「わかった」
翌日の夕方。
「お疲れさま」
彰が迎えに来たタクシーの中で、雫に微笑みかける。
「今日は特別な日だからな。好きなものを頼め」
レストランに着くと、彰は慣れた様子でメニューを開いた。
「シーフードパスタと、チーズフォンデュ、それからティラミス」
雫の眉が寄る。どれも雫の苦手な料理ばかりだった。
「私、海鮮は……」
「体にいいんだ。赤ちゃんのためにも」
彰は聞く耳を持たない。
料理が運ばれてきた時、レストランの入り口に人影が現れた。
「彰さん！」
美夜の声が響く。
「呼んでくれたんですよね？」
美夜は自然な足取りで席に近づいてくる。まるで最初から約束していたかのように。
「ああ、お前の好きなものを頼んだんだから」
彰は美夜に向かって、温かい笑顔を向けた。
「ありがと、彰さん！大好き！」
美夜は無邪気に手を叩く。
雫は静かに二人を見つめていた。全て、美夜の好物だったのだ。
美夜は雫の方を振り返ると、困ったような表情を浮かべた。
「あ、雫さん。さっき『大好き』って言っちゃったけど、ファンに『大好き』って言う癖がついちゃってて」
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