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Chương 12: 第12話 犬走

「どうにか、形だけは整った──という感じですね」

 俺が『病院』を出たことの影響は大きく、多くの種族が俺を見に来た。

 動物園のパンダ──というならまあ、織の中で大人しくして、時々玩具で遊んでいる姿でも見せればいいのだけれど、あいにくと俺と彼女たちとの間には、互いを隔てる格子はなく、彼女たちは俺にアプローチをかけてきた。

 人間というのは支配種族だ。

 少なくとも、今、この時代まで生き延びている彼女たちにとっては。

 そして、彼女たちは、人間よりかなり強い。

 ドラゴニュートのミズチが『うっかり声を大きくするだけで、こちらに甚大な被害を与えてしまう』というぐらい、人間とスペック差があるように、多くの『未来種族』たちは、『うっかり』でこちらを殺しかねない、そういう強さを標準装備している。

 とはいえ、俺は自分の意思で『病院』を出たわけだ。

 覚悟は済んでいる。たとえ『死』が俺の真横を通り過ぎるような事態があっても、俺は彼女たちの誰もを恐れないつもりでいた。

 すると自然と彼女たちとの距離感も縮まり、彼女たちの『人間』への解像度も上がる。

 中にはより夢中になって接近してくる例もあるのだけれど、三か月ほどが過ぎると、ある程度、『人間フィーバー』みたいなものは落ち着いた。

 基底プログラムや魂魄根底といったものに、『人間にこうしたい』が刻まれている彼女たちではあるものの、長い時間の流れは、彼女たちに『生まれた理由』以上の『生きる意味』を与えていたらしい。

 人間には本能的に惹かれるが、それはそれとして、今の自分の生活ややりたいことがある──というわけで、俺はだんだんと、多くの種族にとって、『動物園のパンダ』程度の存在になっていった。

 ……と、言いたいところだったのだけれど。

 この『三か月』という『人間が迂闊に外に出ていて、触れ合おうと思えば触れ合える』という期間を過ごし、ある程度の触れ合いを経て満足する者たちがいた一方で、『人間』によりのめり込む者も、洗い出された。

 今はそういった彼女らとの距離感というのか、関係性というのか、そういうものを戸惑いながらも測っている最中だ。

 俺は、何をしたいのか。

 文化の復活──これは間違いない。

 だがもう一方で、人間の繁殖。人間の住まう環境を復活させたいということは、ようするに『人間の街』を作りたいということだ。

 その街には、人間がいる方がいいだろう。

 というわけで、俺は遺伝子を残すことを要求されている。

 精子を提供してクローンを生み出すぐらいならいくらでも提供するつもりではいた。

 でも、事態はそうではないらしい──

 つまり何が言いたいかと言うと。

 三か月経ってまだ俺のそばでうろちょろするような種族は、俺を性的に狙っており、なんなら恋人になりたがっている者が多数、ということだ。

 全員受け入れればいい話ではあるのだけれど、『一番最初』が何より問題で、俺が悩んでいるのは、そこだった。

 誰を最初の『妻』にするのか。

 この問題に悩みつつ、確保された区画で今日も『人間文化の復活活動』にいそしんでいる──

 そんな時だった。

「人間様!」

 悲鳴のような声を挙げながら駆けて来たのは、犬のミュータントだ。

 ミュータントも機械生命体も、人間になるべく近い姿を本能的に目指すようで、進化に進化を重ねた彼女の姿は、耳と尻尾に犬の名残を残すのみで、それ以外の部分は人間と遜色ない。

 ドーベルマンがベースになっているようで、黒と茶色の毛並みの、シュッとした背の高い美人だ。

 着ているものは、ソルジャー型と似たような軍服で、どうにも最前線付近で『何か』をしている種族のうち一つらしいのだけれど……

 俺は、この時代に『最前線』があることは知っているのだけれど、何との戦いの最前線なのかを、教えてもらうことができていない。

 ただ戦っているらしいことだけ知らされて、詳しい話は誰に聞いても答えてもらえないという状況にある。

 まあ、言わないことを無理に聞き出すこともできそうにないものだから、彼女らが答えてくれるまで待つか、という心づもりでいたのだけれど……

「人間様、どうか、仲間のために──」

「戦場帰りのままここに来るとは何事か!」

 明らかにボロボロで、怪我までして、こちらに必死な様子で迫って来る、犬ミュータントの彼女──

 それを、俺の身辺警護役をしているソルジャー型──アヌビスが、容赦なく蹴り飛ばした。

 犬ミュータントの彼女が吹き飛ばされ、地面を三回もバウンドして転がっていく。

 ほとんど交通事故のような光景だ。……俺は犬が好きなのもあって、かなり、心が痛む。

 とはいえ、ここで感情的になってアヌビスを責めるのも違うだろう。

 普段の彼女がミュータントや格下相手に横柄で暴力的というのならば、叱責の対象だ。けれど、普段の彼女は公明正大で、人種に関係なく冷静な対応をしている。

 俺が暴力を好まないというのを理解し、そのようにしてくれているのだ。

 この大柄で眼帯の強面機械生命体は、機械という言葉から二千年代の人類である俺が想像するよりはるかに、細やかな気配りができる『人』なのだ。

 それが、問答無用で蹴り飛ばす。

「屋敷へ戻っていてください。あいつは私がどうにかしておきます」

「事情の説明ができないほど緊急の事態でしょうか」

「そうです」

「わかりました」

 だがしかし、犬ミュータントの彼女は、その場で叫んだ。

「『天使』の攻撃が激化しております! どうか、仲間を慰問してください!」

 天使。

 その単語を、俺は知っている。

 だが、その単語で示される、空想上の神の遣いは、この時代にはとっくに廃れ、忘れ去られた概念のようだった。

 俺がうっかりと『神』とか『天使』っとかの単語を口にする──多くの場合、ポジティブな意味で口にするのだけれど、それは相手に眉を顰めさせ、慎重な顔つきで『その言葉を口にするのは、やめた方がいい』と言われる結果しかもたらさなかった。

 だから俺も自然と、そういった単語を使わないように気を付けていたのだけれど……

 なぜ、彼女たちが、こうまで『神』と『天使』を嫌うのか。

 この時代において、『神』や『天使』がどういうものとして扱われているのかというと……

「大勢の仲間が、突如始まった『天使』の大攻勢にやられています! どうか、守るべきお方の姿を、最前線にも見せてやってくださ──」

 アヌビスが無言で動いた。

 動き出ししか見えなかった。でも、静かな殺意みたいなものは、その背中から感じた。

 怒りとかではなく、『こいつは殺す以外にない』という、職業意識としての殺意だ。

「待って」

 さすがに止める。

 何かとてつもなくまずいことが起こりつつあるのは、肌で感じた。

 きっと、あの犬ミュータントのしていることは、この世界の常識を知る者からしたら、俺の身を危険にさらす愚行なのだろう。

 だからこそ、知りたい。

「話を聞きたい」

「……この者の近くに行くことは許可できません。即刻離れていただきたい」

「アヌビスの忠告が正しいことはわかっています。でも、知りたい。俺に教えたくない情報を彼女は持ってきているから」

 そこでアヌビスが渋面を浮かべたのは、俺の意思と、俺の安全と、どちらを優先すべきか迷ったからだろう。

 俺はこの世界の常識をまだよく知らないので、無意識に、無知ゆえの危険行為をしてしまうこともあった。そういう時、アヌビスが浮かべる、なんとも言えない表情。それが、今の彼女の顔に表れている。

 アヌビスは、

「……洗浄をし、『天使』の因子を完全に落とすこと。それが人間様にとって毒になることを、貴様は理解していないのか? ここに来るまでに通ったゲートの者たちが、なぜ貴様を止めなかったかまで、話してもらうことになるぞ」

「どのような罰でも受けます!」

「……人間様の身にもしものことがあれば、貴様程度で償える罪にはならん。とにかく、洗浄に行け。早く!」

「は!」

 犬ミュータントが駆け出していく。

 アヌビスは、俺に近寄らず、声を発した。

「あなたも部屋に入り、全身を洗浄してください。距離があるので大丈夫と思いますが、天使の因子が万が一付着していたら大変なことになる」

「具体的には?」

「よくわかっていません。ですが、人類滅亡の一因に、『天使の因子』があることは確実です」

「わかりました。シルキーに言って洗わせます」

「それがいいでしょう。……はぁ。私も洗浄をしなければ。それに、ここら一帯もだ! ……どうにも、人間様が三か月も過ごす間に、使命感が減じた者が多いらしい」

「申し訳ない」

「あなたが謝罪するようなことではありません。が……とにかく、帰って。早く!」

「わ、わかりました」

 天使。神。

 俺が気にしつつ、しかし、深い知識を得ることを禁じられていたものについて、知る機会ができそうだ。

 ……この世界を滅ぼした者たちの正体を、深く知ることが、できそうだった。


SUY NGHĨ CỦA NGƯỜI SÁNG TẠO
稲荷竜 稲荷竜

本日より二章を開始していきます。

2日に1回更新を目指します。

よろしくお願いします。

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