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ケーブルカーが墜落したあの日、藤堂拓也の仲間達は現場で命を落とした。
彼はその仲間の妻と一緒に奥山に姿を消した。
私は武装警察と共に五日四夜捜索し、ようやく全身あざだらけの女性を支えながら歩いてくる彼を見つけた。
「霞が自分の体温で僕を温め、体液で消毒して止血してくれたから、僕は生き延びられたんだ」
桜井霞が泣きながらまさに跪こうとしたとき、拓也は彼女の手首をつかんで引き上げた。
「どんな罰でも受け入れる。だが誓って言うが、彼女との間に不義の関係は一切ない」
彼は乗馬鞭を私に握らせ、180センチの体を地面に伏せた。
私は乗馬鞭をきつく握り、何度か振り上げたが、結局下ろした。
だが彼の古傷はいっこうに良くならず、毎回霞のもとへ治療を受けに行った。
戻ってくるたびに乗馬鞭で自らを罰した。
一年後、拓也は服をめくり、99本の縦横に交差した傷跡を見せた。
「姉さん、安心して。子どもが生まれても、母親はお前だけだから」
私はポケットの妊娠検査報告書に触れながら、彼の希望に満ちた眼差しの中でうなずいた。
「わかったわ」
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拓也は霞を抱き寄せた。
私に話しかけているはずなのに、彼の手は優しく彼女の背中をさすっていた。
「詩月、怒らないでくれ。兄貴はオレを救うためにケーブルカー事故で命を落としたんだ。霞は山の中で命がけで僕を温め、止血してくれた。オレは彼らに二つの命の恩がある。彼女と子どもをそばに置くのは、ただその恩を返すためだけだ!」
彼は姿勢を低くし、一言一言が霞を弁護するものだった。
私の表情が冷たいままなのを見て、ベースキャンプの仲間達が次々と集まってきて、興奮した口調で言った。
「姉さん、あなたが不快に思っていても、今日は霞のために公平な意見を言わせてもらうよ!」
「彼女は夫を失ったばかりの女性で、山の中で拓也さんのために命を懸け、面目も捨てた。拓也さんが彼女の面倒を見るのは当然のことだ!」
「姉さんは毎日診療所にいて、野外での生存がどれほど危険か分からないんだ。霞が拓也さんのためにこれだけ尽くしたんだから、彼女の心を冷たくするわけにはいかない!」
「黙れ!」
拓也は厳しい声で彼らを制止したが、口調をやわらげて続けた。
「篠原詩月は永遠に俺の唯一の妻だ!霞については、残りの人生をかけて償っていく」
彼は顔色の悪い霞を見下ろすと、目に隠しきれない憐れみを浮かべ、手を上げて彼女の背中をやさしくさすった。
私の喉に苦さが込み上げてきて、口を開いたが、何も声が出なかった。
他の人は知らないだろうが、拓也の心は分かっているはずだ。
あの時、彼が大会で脊椎を痛めたとき、雪の積もった山道を通って病院までおぶって運んだのは私だった。
途中で落ちてきた岩に腹部を打たれ、私は歯を食いしばって病院の入り口まで持ちこたえた。血の跡が一筋の道を描いていた。
それ以来、最初の子どもを失い、妊娠しにくい体質という病根を残した。
あのときICUに十数日間横たわり、目を覚ますと、彼は誓った。
二度と私に苦労をさせず、一生安全を守ると。
それなのに今、彼は別の女性のために、私の前で卑屈に妥協を求めている。
私は黙って背を向けた。
拓也は急いで追いかけてきた。
彼はライダースジャケットを脱いで私の肩に掛け、指先で優しく襟元を整えた。
「外は風が強いから、風邪引かないように。詩月、君はいつも自分のことを大事にしないんだから」
ジャケットに残る体温が私を包み込み、私は思わずお腹に手を当てた。
そこには小さな命が静かに育ち始めていた。五年待った奇跡だった。
しかし彼の次の言葉でそれは一瞬にして砕け散った。
「霞は体が弱くて、ベースキャンプの宿舎の環境が悪すぎる。湖畔のマンションを彼女に譲ってやってくれないか。君はしばらく本家に戻って住んでほしい」
私が口にしようとしていた言葉が突然喉につかえ、無理やり飲み込んだ。
あのマンションは彼が私のために特別に改装したものだった。
流産後に寒さに弱くなった私のために、全館空調システムを完備し、最も快適な温度を保つようにしていた。
一方、藤堂本家は一年中暗くて湿気が多く、私がそこに住むたびに足の怪我が再発して痛みで眠れなくなるため、年に一度の祭事以外は足を踏み入れることはなかった。
以前の彼は最高のものをすべて私の前に置いてくれたのに、今は全てを他人に譲るよう求めている。