その日の夜、私は斎藤彰人と会う約束をした。
私たちがいつも行っていた大好きなレストランで。
彼はやって来た。
わずか半月会わなかっただけなのに、彼はすっかり憔悴していた。顎には青々としたヒゲが生え、私を見る目には、理解できないような後悔と狂気が混ざっていた。
「美桜、やっと会ってくれたね」彼は嗄れた声で言った。「僕が間違っていたんだ。もう一度チャンスをくれないか?やり直そう、どうだい?」
私は彼を見つめた。
五年間愛してきたこの顔が、今は吐き気しか湧かなかった。
私は立ち退き通知のコピーを彼の前に投げた。
「斎藤彰人、これはあなたの仕業?」
彼は血の気が引き、目を逸らした。「美桜、説明させてくれ。これは通常のビジネスプロジェクトで、僕は…」
「通常?」私は彼の言葉を遮り、冷笑した。「教えてよ、どうしてあなたはそんな『通常』に、私の祖母が住んでいる土地に目をつけたの?」
彼は言葉に詰まった。
私は彼をじっと見つめた。
ふと思い出した。一度、家で何気なく話していたとき、祖母の住んでいる土地には何か歴史的な由来があって、父が昔手を付けようとしても出来なかったという話をした。
私は何気なく言っただけだった。
彼は意図的に聞いていたのだ。
彼は私の感情を利用し、お金を利用し、さらには私が何気なく言った一言まで、彼の計算のための材料にしていた。
この男は、一体どれだけ恐ろしいのか?
「彰人」私は彼を見つめながら、死んだように静かな声で言った。「あなたは、私、加藤美桜がこの一生、あなた以外にありえないと思ってるの?」
彼は急に顔を上げ、目に動揺の色が走った。「美桜、そういう意味じゃない!愛してるんだ!これは全部俺たちの未来のためにやったことなんだ!」
「愛してる?」
私は笑った、涙が出るほど笑った。
「ふざけんな」私はテーブルの水の入ったグラスを取り、彼の偽りの顔めがけて容赦なく浴びせかけた。
「私を愛してるなら、なぜ私の唯一の肉親を追い出そうとするの?」
「私を愛してるなら、なぜ私が去ったことに、そんな悪意ある方法で復讐するの?」
「彰人、もう『愛』という言葉で私を侮辱しないで」
「あなたが愛してるのは、いつだって自分自身と、一気に成り上がりたいその野心だけよ」
私は立ち上がり、見下ろすように彼を見た。