渡辺水紀は非常に困り果てていた。
結局、自分は悪役の女性キャラという設定なのだ。
それは、波乱に満ちた運命を避けられないことを意味していた……。
だからこそ、まずはどうやって生き延びるかを考えなくては!!
悪から善へと心を入れ替え、絶対に反派の道を歩んではならない。
そして――
水紀は必死に這い続けた。
ようやく辿り着いたのは、曇りがちな銅鏡の前。
かすかに映る自分の顔は、白玉のように透き通り、薄紅を帯びていた。羽のように長い睫毛からは、ぽとりと汗が滴り落ちた。
その繊細で愛らしい容貌は、誰が見ても魅了されるほど。
原作どおり、彼女は「美しい悪役」であり、幼い頃から美人の素質を備えていた。
その後。
彼女は懸命に顔を上げる。あと少し――。
もう少しで、宮殿の大門に手が届きそうだった。
しかし。
突然の叫び声が響いた。
「あっ!お嬢様、どうしてこんな所に?早く部屋に戻りましょう。風邪を引いてしまいますよ」
母のように世話を焼く久美に、またもや連れ戻されてしまった……。
泣きたい気分だった。
結局、水紀は声をあげてしくしくと泣き崩れるしかなかった。
数日があっという間に過ぎていった。
何度も何度も扉にぶつかり、
ついには額を机の角に打ちつけ、青あざまで作ってしまった。
そのたびに耳元で、久美の慌てた叫びが響く――「あっ!お嬢様!」
それでも嬉しいことに、
水紀はようやく、よろよろと歩けるようになったのだ。
そして、ついに宮殿の外の世界を見ることができた……。
だが、
この間、彼女は誰とも出会わなかった。
唯一目にした生き物といえば、
壁から逆さにぶら下がる、奇妙で醜悪な獣だけ。
ここは獣の世界なのだから、珍しいことではなかった。
さらに、屋根や壁を自由に駆け回る獣人たち――。
彼らは、王宮に仕える男の侍者であり、普通の道など決して歩かなかった。
しかも時折、様々な獣へと姿を変えるのだ。
彼らの顔立ちは「醜い」としか言いようがない脇役ばかり。
ただひとり、これまでに現れた「父親」だけは例外だった。
――高橋浩。思わず息を呑むほどの美丈夫……
通常の獣人は、数え切れない試練と苦難を乗り越え、ようやく人の姿に変わる。
つまり、王宮の侍者たちはすでに相当な実力者ということだ。
そして、一部の獣は神力を宿し、生まれながらにして人の姿になれた。
とりわけ王族は、その天賦の才に恵まれていた。
残念ながら、水紀は小説を最後まで読み切っていなかった……
だからこそ、自分の原型が何の獣なのか、気になって仕方がなかった。
どうして王族と同じように、生まれながら人の姿でいられるのか。
きっと神力の才能が非常に高いのだろう。
事実、彼女は驚くべき速さで歩き方を身につけていた。
しかし、歩けるようになった途端――
じっとしていられなくなった。
そして始まる、あちこち探索の日々。
偶然たどり着いたのは、ひときわ質素な宮殿だった。
まさか、その宮殿の主こそ――高橋浩。
最も尊い王の居所なのだから、水紀はてっきり華々しいだと思っていた。
ところが、ここは意外にもシンプルだった。
机に向かい、文書を処理している浩の姿を目にしたとき――
水紀の胸は緊張で高鳴った。
いよいよ、標的に近づくときだ……
彼女はゆっくりと彼の足元へ歩み寄った。
自然を装いながら、そっと手を伸ばし、その袖をつまんだ。
そして、すぐに可憐な笑みを浮かべた。
まるで陶器の人形のように愛らしい顔。誰もが心惹かれる無垢な姿……
「消えろ」
浩の口から冷たく放たれた一言。けれど彼は、水紀を本気で追い払うことはしなかった。
もしかして、嫌われてはいない……?
淡い期待を胸に、水紀は顔を上げた。
再びすばやく浩の衣の裾を掴み、離そうとしなかった。
その小さな白い手が、彼の指先に触れた瞬間――思わず身を震わせた。
……冷たい!
「汚い手だ。消えろ」
二度も続けて「消えろ」だなんて。子供相手に脅し文句ばかりで、少しは恥を知ったらどうなのよ!?
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作者OS:娘をいじめると一時の喜びだが、娘を甘やかせば墓場行き。