なぜお父さんが話を持ちかけるたび、決まって三原佑紀母娘のことばかりなのか。
たとえ佳世の父が父上の命を救ったとしても、この仕打ちはあまりに理不尽ではないか。
「ではお父さんのお考えでは、この件をどう処理なさるおつもりですか?」錦乃は心がすっと冷え、感情を押し殺した平静な声で問いかけた。
お父さんが今日この話を持ち出したのは、どうしてよいか本当に迷っているからではなかった。すでに答えは決めていて、あとは自分が頷くのを待っていただけなのだ。
「錦乃、お前がずっと親孝行してきたことは、父も忘れてはいない」
知也は言葉を切り、しばし逡巡した。これから口にすることが、さすがに行き過ぎだと自分でも分かっていたのだ。
「お前が言ったように、あの頃父が受けた恩は、佳世の実父からのものだった。お前の母のことはさておき、その恩を返すために、父は叔父に代わって佳世を守り抜き、この世に残された唯一の血を守らねばならぬのだ」
知也は感じ取っていた。錦乃があの「叔父」に対して少しの好感も持っていないことを。だからあえて「叔父」を持ち出したのだ。
「――それで?」錦乃は冷ややかに問い返した。
錦乃の態度は知也の予想を大きく裏切っていた。まさか錦乃が、あの「叔父」を前にしてもこれほどまでに冷ややかな姿勢を崩さないとは思っていなかったのだ。
「お前と佳世が湖に落ちたことは、すでに世間に広まってしまった。だが、どちらの娘が衣装を乱し、体面を損なったのかは、外の者には知られていない。あと一月で佳世は元服を迎える。この時期に、佳世の名誉を傷つける噂など、決して許されぬ……」
知也はゆっくりと言葉を継ぎながら、錦乃の顔色をうかがった。
だが残念なことに、その間じゅう錦乃は喜びも悲しみも怒りも見せず、知也はまるで糸口を掴めなかった。
「お父さん、なぜ続きをお話にならないのですか?」錦乃は平静な顔を保ち、穏やかな眼差しと落ち着いた声で知也の言葉を待った。
「錦乃、もしかして…」
砂漠の戦場を渡り歩き、朝廷の駆け引きにも長けた武德王・知也でさえ、この時ばかりは口が糊で塞がれたように言葉が出なかった。
「錦乃……お前のあの叔父のためなら、たとえ父を恨もうとも、この言葉は口にせねばならぬ。」
知也は歯を食いしばった。二女が協力的でないなら、彼から切り出すしかない。
「お父さん、その言葉で私が父上を恨むとご存じなら、まだ私を娘と思うのなら、その口を開かない方がよろしいでしょう」
錦乃は冷たい口調で、知也の発言を阻止しようとした。
「錦乃、明日お前が佳世の代わりに今日の件を認めてくれ」知也は錦乃の言葉を振り切り、あえてその残酷な言葉を口にした。
「お父さんも分かっている、これではお前が不当な扱いを受けた。しかし父はお前の叔父から受けた命の恩を返さねばならん。お前は父の娘だ。共にその恩を返すのが道理であろう」
知也は言葉を発すると、すぐに錦乃を慰める言葉を続けた。
「佳世が元服の儀を終えたら、必ずお前に償いを考えよう」
「名誉を汚されたら、お父さんはどう償うおつもりですか?」錦乃の春水のように穏やかだった瞳は、この時すでに氷のように凍り付き、冷たい光を放っていた。
「安心しろ、お父さんの権力があればお前に良い夫を見つけることなど難しくはない。その時には父が直々に今日の件を説明しよう。もし相手がこのことでお前を侮り、虐げるようなことがあれば、父は決して許さぬ」
知也はチャンスがあると思い、急いで自分の計画を説明した。