薄青色のタクシーはホテルの入り口前で止まった。
チェックアウトを済ませた神崎美桜はキャリーケースを持って車から降りた。
水野家に引き取られる前、美桜は学期中は寮生活を送り、休暇中はアルバイトで生計を立てていた。
帝都に居場所を持たない彼女は、新たな住まいが見つかるまでホテルに滞在するつもりだった。
チェックインを済ませた美桜は、ルームキーを手に取りエレベーターへ向かった。
彼女と一緒にエレベーターに乗り込んだのは、背の高い男性だった。
美桜はあまり気にせず、ボタンを押した後、少し後ろに下がった。
彼女の部屋は5階で、相手は9階のボタンを押した。
ボタンを押すその手に、美桜はふと目を奪われた。指は長く清潔で、節くれだった指関節が力強く、手の甲は広く骨ばって、整った美しい手だった。
美桜は思わず何度も見てしまった。
エレベーターのドアがゆっくりと閉まった。
エレベーターがゆっくりと上昇し、4階に差し掛かった時、突然揺れ動いた。美桜は体勢を崩し、不吉な予感が胸に広がった。
まさか?
ここまで運が悪いなんて。
美桜は顔を上げた。
パチン。
エレベーター内の電気が消えた。
美桜の初めてのエレベーター故障だった。
彼女は片手で手すりを掴み、もう一方の手でポケットから携帯電話を取り出した。
画面の光を頼りに、スイッチボタンを何度か押してみるが、反応はない。すぐ隣の緊急通報ボタンに指を移した。
エレベーターが落下や異変に備え、手すりを握る手を離さない。
スマホで緊急通報を入れ、正確な位置を伝えてから、救助を待つ。
ホテルのエレベーターなので、故障すればすぐに誰かが気づくはずだ。
とはいえ、一刻も早い脱出が望ましい。二次災害が起こらないうちに。
しかし…このエレベーターの中はなぜこんなに静かなのだろう?
さっき一緒に乗ってきた人はどこに?
なぜ何も声をあげない?
美桜がスマホのライトを点け、辺りを照らすと――そこには誰もいない!
あれほど背の高い男性が、見当たらないのだ!
美桜の表情が硬くなる。
視線を落とし、ようやく隅に蹲る人影を見つけた。
「あの……大丈夫ですか?」
相手は体を丸めて、頭まで膝の間に埋めており、美桜の問いかけを聞いていないようだった。
よく見ると、相手の体は微かに震えていた。
美桜は眉をひそめ、頭の中に「閉所恐怖症」という言葉が浮かんだ。
「あれ、ホスト、今どこにいるの?」
システムの眠そうな声が美桜の頭の中に響いた。
それは無意識に美桜の周囲をスキャンし、声が突然嬉しそうになった:「わぁ、隣の隅に蹲っているこの人は誰?ホストの友達?どこで知り合ったの?こんなに純粋な心の持ち主、善悪値がなんと0よ!」
「知らない人。エレベーターで一緒になっただけ」美桜は淡々と答える。「善悪値って何?」
「善悪値は、その人の品行を最も直接的に表すデータなんだ」
「値が高ければ高いほど、犯罪を犯す可能性が高いことを示している」
「普通の人はだいたい2~5ポイント。たまに怒る程度のレベルさ。スリや万引きをする人は10数ポイント、殺人犯なら80以上で、悪質犯の領域だね」
美桜は「ふん」とだけ返事をした。
エレベーター内の男性のデータを見て、システムは興奮気味に続けて、「ホストは今日ちょっと手が出てたから、善悪値が3ポイントあるけど……この人はなんと0!私がシステムを始めてから初めて見た善悪値0の男性だよ!」と言った。
もし実体があれば、きっと男性の周りを飛び回って観察しているところだろう。
元々興味がなかった美桜も、システムの興奮した声音に影響され、少しばかり好奇心を抱いた。
善悪値0。
つまり、この人には怒りの感情が一切ないのか?
反応のないエレベーターのボタンを見て、美桜はため息をつき、手を伸ばして男性を軽く突いた。「……大丈夫?」と聞いた。