石川瑠那は大きく息を吸い込んでから、やっとドアをくぐった。
リビングのソファには数人が座っていた。全員畑中家の年長者で、普段はめったに会えない人たちだった。それが今夜は一度に揃っていた。
「瑠那、こっちに来なさい」
畑中大旦那は手招きし、自分の前の場所を指さした。彼女の顔が赤く腫れているのを見て、眉をひそめた。
瑠那はとても素直に近寄った。畑中家に対して多くの恨みがあったとしても、この老人の前では、やはり生意気な態度は取れなかった。
「聞いたよ、颯太と離婚したそうだね。瑠那、あの時お前の祖父が亡くなった時、私はお前を必ず畑中家に留めると約束した。お前の両親はもうお前のことを気にかけてないだろう。畑中家の庇護がなければ、外に出ても生きていくのは難しいだろうよ」
畑中大旦那の言葉は全て事実だった。瑠那は本当に父親にも母親にも愛されない子供だった。昔、母親が彼女を田舎に送り、祖母と祖父は怒って母親との関係を絶ってしまった。そして瑠那は小さい頃から田舎で育っていた。
「畑中お爺さん、今回は私が離婚を望んだんです」
彼女は腫れ上がった顔に触れながら言った。口元に冷たい笑みを浮かべて。
加藤百合子はあの手この手で畑中大旦那の前で好感度を上げようとしている。それを許すわけにはいかなかった。
畑中大旦那は彼女のその仕草を見て、眉をさらに寄せた。この子はもしかして誰かに殴られたのではないか?
彼は入ってきた百合子と美咲を一瞥し、次男の家族はやはり以前と同様に、表には出せないと思った。
ここ数年、彼は瑠那の生活にあまり関心を持たなかった。畑中家での彼女の暮らしはまあまあだと思っていたが、今見ると、彼女はずっといじめられていたようだ。
彼の前でさえ真実を言う勇気がないなんて。それならば、確かにこの結婚は終わらせるべきだろう。
「お前は畑中家で5年間暮らした。離婚するにしても、何も持たずに出て行くのは間違っている。颯太、お前の持っている不動産から、一つくらい瑠那にやれば良い。外に出て住む場所もないなんてことにはさせるな」
この言葉は孫の気持ちを探るためのものだった。颯太の瑠那に対する態度を確かめたかった。
案の定、颯太の顔が一瞬で曇った。寧崎は国内最大の貿易都市だ。どんな物件でも価格は100万円をはるかに超える。それをただで瑠那に与えるなんて、そんなうまい話があるものか。
彼が口を開こうとした瞬間、美咲が先に話し始めた。
「お爺さん!あの家はお兄ちゃんの婚前財産よ!石川瑠那とは何の関係もないわ。離婚を望んだのは彼女自身なんだから、どうして彼女に補償をしないといけないの?たぶん外で浮気相手ができたから、お兄ちゃんと一緒にいたくなくなったんじゃない?」
大旦那の前でさえ、美咲は言葉に節度がなかった。
瑠那は静かに座ったままで、膝の前で両手を握りしめ、忍耐の姿勢を取っていた。
美咲の傲慢さに比べると、彼女は誰にも愛されない哀れな存在のように見えた。
畑中大旦那はたちまち怒り出し、テーブルを強く叩いた。「馬鹿な!!美咲、証拠もないのに、お前の兄嫁をそんな風に中傷するとは!誰に教わったんだ?!」
百合子は大旦那が本当に怒っているのを見て、急いで美咲の手を引っ張り、黙るように促した。
「お父様、美咲はまだ幼くて物事がわからないんです。どうか彼女のことは気にしないでください」
畑中大旦那は目を細め、この家族の瑠那に対する態度を確かめられたと思った。そのとき、彼は友人に対して申し訳ない気持ちになり、怒りで胸が激しく上下した。
瑠那はまだ何も言わなかった。この状況では彼女が多くを語る必要はなかった。大旦那は賢い人だ。知るべきことは、きっとすでに分かっていた。