「全部あげるよ」
穂は泣き止み、小さな手を広げた。
彰仁……
……
創は彰仁が手配した1階のスタッフに案内され、ドアの前に着いた時、彼女はまだ少し緊張していた。
結局のところ、彼女が向き合うのは彰仁なのだから。
スタッフがドアベルを押し、ドアが開くと、スタッフは創に入るように手で合図した。
創は深呼吸をし、心の中で自分を勇気づけながら中に入っていった。
江口が彼女を彰仁の前に連れて行き、「社長」と言った。
彰仁は目を上げ、視線を創に向けた。
創は慌てて穂を探し、彰仁の手の中で苦しんでいないかと心配だった。
すると小さな赤ちゃんがソファに座り、色々な味のキャンディーを美味しそうに舐めているのが見えた。
創は驚いた顔をした。この子ったら、お母さんが外で心配で気が狂いそうなのに、ここでキャンディーを食べているなんて。
創は考える時間もなく、急いで近づいた。「穂、ママが来たよ」
穂は顔を上げ、創を見て、嬉しそうに「創ママ」と呼びかけようとした瞬間、創はすぐに穂に目配せした。
穂はまばたきして、なぜ干妈が自分をママと呼ぶのか分からなかったが、とても賢く協力した。「ママ、やっと来たね」
創はすぐに穂を抱き上げた。
彰仁の視線が彼女たちに注がれた。「お前がこの子供の母親なのか?」
彰仁に見つめられ、創の心臓は緊張して激しく鳴った。
彼女は冷静を装って言った。「はい、私が子供の母親です。状況は把握しています。何か損害があれば、きちんと賠償します」
彰仁は目を細めた。その瞳は彼女の体を貫き、狂ったように鼓動する心を見透かしているようだった。
「先ほど俺と電話で話した人はお前ではないな」
声が違う。
創は弱みを見せるわけにはいかなかった。さもなければ確実に見破られる。
「先ほどお電話したのは私です。まさか私が子供の母親ではないとお疑いですか?」
彰仁は何も言わず、彼女を見つめ、大きな圧迫感を与えた。
「信じられないなら、先ほどの電話番号にもう一度かけてみてください」
穂は創の首に抱きついて尋ねた。「ママ、もう帰れる?」
「穂、もう少し待ってね。ママがこのおじさんと話が終わったら帰るからね」
子供が創をママと呼んだので、彰仁はもはや創の言葉を疑うことができなかった。
しかし彰仁もそう簡単にだまされるタイプではなかった。「説明して欲しい。なぜお前の子供は俺の車に『妻子捨てたウソつきクズ男』などと書いたんだ?妻子を捨てた?俺たちは面識があるのか?」
実は創と彰仁は何度か会ったことがあったが、それは6、7年前のことで、彰仁が彼女を覚えているはずもなかった。
「申し訳ありません。子供が車を間違えたんです」
「車を間違えた?」
「はい」
創はそう言って深呼吸し、涙を絞り出した。「実は子供の父親が外で愛人を作っていて、私の母が亡くなった時でさえ、彼はその愛人の誕生日を祝っていました。それを知って、私は子供を連れて彼から離れました。あなたが今日着ている服装は子供の父親がいつも着ているスタイルにそっくりで、だから子供はあなたをあのクズ男と間違えたんです」
彰仁は眉をひそめた。
母親が亡くなった時に愛人の誕生日を祝っていた、そして子供を連れて離れた。
この話は菜穂の母親が亡くなった時、彼が晴香の誕生日を祝っていたのと全く同じだった。
一瞬、この女性が何かを知っていて、彼を皮肉っているのではないかと感じた。
しかし彼は愛人を作っていないし、
目の前のこの女性も知らない。
だから彼女が彼を皮肉っているはずがない、自分の考えすぎだろう。
創のこの説明には、彰仁もやむをえないと思った。
ただ、彰仁が子供に視線を向けると、何かとても親しみを感じた。
彰仁の心に苛立ちが湧き上がり、さらに質問しようとした時、江口が調査資料を持って入ってきた。「社長、お調べになっていた人物の情報が揃いました」
それは菜穂の情報だった。
「社長、ご質問は以上ですか?私はちょっと急いでいるので、子供を連れて行きたいのですが。賠償金はお支払いしますから、私と子供を行かせてください」
彰仁はもう何も言わず、江口から渡された資料を受け取り、江口に言った。「お前が処理してくれ」
「はい」
彰仁は資料を持って書斎へ向かった。
外の車の中で、菜穂は心配で落ち着かず、中がどうなっているのか分からなかった。20分以上経っても、創はまだ穂を連れて出てこなかった。
彰仁は簡単に対応できる相手ではない。
彼女は創が対応できないのではないかと心配だった。
「文彦、龍之介、中の様子を見る方法はない?」
千この二人の子供はふだんからコンピューターをいじるのが好きで、監視カメラに侵入するなんて文彦の得意技だった。
文彦は真剣にコンピューターを見ていた。ホテルの部屋には監視カメラがあるはずがないので、部屋の中で何が起こっているかを知ることはできない。
しかし、ホテルの廊下の監視カメラは見ることができた。
文彦はホテルの監視カメラの映像を表示させた。「ゴッドマザーはまだ部屋から出てきていないよ」
菜穂はますます心配になった。
少しして、創は穗を抱いて急いで出てきた
龍之介が言った。「ママ、創ママと穂だよ」
菜穂は顔を上げ、穂を見た時、やっと心が落ち着いた。
菜穂が車のドアを開けると、創は穂を抱えてすぐに乗り込んだ。
「穂!」
「ママ!」穂はすぐに菜穂の腕の中に飛び込んだ。
創は深呼吸した。「危なかった」
「何があったの?」
「まず車を出して。ゆっくり話すから」
「わかった」
菜穂は穂を後部座席に座らせ、車を発進させた。
ホテルの中で彰仁は受け取った資料を見ていた。資料に書かれた名前には明らかに……