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「あなたは妊娠しています」
産婦人科の医師のその何気ない一言に、夏目星華(なつめ せいか)はその場で固まってしまった。
何?妊娠?
彼女は必死に自分の声を取り戻そうとした。「妊娠…何週ですか?」
「ちょうど4週です」
星華は一瞬にして一ヶ月前のあの夜と、あの男—紀田彰人(きだ あきと)を思い出した。
まさか、あの夜たった一度だけで、それで当たっちゃったの?
医師は検査結果を彼女に手渡した。「若いお嬢さんのようですが、どうして一人で来たのですか?彼氏は?今あなたはもう妊婦さんなんだから…」
「ありがとうございます」
医師の言葉が終わる前に、星華は立ち上がり、検査結果を手に取ると、急いで部屋を出た。
彼女はまだ完全にショックから立ち直れていなかった。
星華はトイレに駆け込み、手にした検査結果を細かく引き裂いて、便器に投げ入れ、水を流した。
彼女の妊娠のこと…誰にも知られてはいけない。
なぜなら、その子の父親は、今や彼女の義兄になるはずの人なのだから。
星華は目を閉じた。彰人の端正で冷たい顔立ち、すべてを見通すような深い瞳が、彼女の脳裏にゆっくりと浮かび上がってきた。
思考も、ゆっくりと一ヶ月前に遡っていった。
*
時間は一ヶ月前に戻る。
バーで。
卒業を間近に控えた星華はクラスメイトに誘われて、ちょっとした集まりに顔を出していた。
店内は薄暗い照明に包まれ、音楽がけたたましく鳴り響き、その騒がしさに彼女は少し頭が痛くなっていた。そんな中、友人たちに勧められるまま、星華も数杯の酒を口にした。
酒にあまり強くない彼女は、飲み終えたあと、頭がくらくらするだけでなく、身体の奥から不思議な熱がこみ上げてくるのを感じていた。
彼女がこめかみを揉んでいると、突然目の前に手が伸びてきた。
「星華、疲れたでしょう?こんな時間に女の子が一人で帰るのは危ないわ。隣のホテルに泊まったら?ほら、ルームカード」
星華は横を向いて見た。「小林恵(こばやし めぐみ)さん、ありがとう。じゃあ先に行くね」
身体の火照りは限界に近く、このままここにいたらどうなるか分からない――そう思った彼女は、湯船に浸かって熱を鎮めるべきだと判断した。
ただ、背を向けたとき、恵の目に一瞬、浮かんだ企みの光が宿ったことに、彼女は気づかなかった。
ホテルに着いた星華は、もう足取りもおぼつかなくなっていた。彼女はルームカードを取り出し、部屋番号をちらりと見た。
「1801…ここだ」
立っているのがやっとで、視界も二重にぶれている。彼女はドアに寄りかかり、カードでドアを開けようとした。
しかし、いくらかざしても、ドアは「ピピピ」と音を立てるだけで開かない。
「どうして…」星華はひとりごとを呟いた。「壊れたの?」
何度目かのトライをしていると、突然、ドアが内側から開いた。
強烈な男性の存在感が彼女に襲いかかった。
星華は膝が力を失い、バランスを崩して男性の腕の中に倒れ込み、温かく広い胸に頭をつけ、手はたくましい胸筋に触れた。
――どういうこと? 酒の効き目が強すぎる……そんなに飲んでないのに。
「抱きついてくる女なんて山ほど見てきたが、ここまで稚拙な手は初めてだな」
彰人の低くてよく響く声が耳元で落ちた。「誰に送られてきた?」
「な、なに言ってるの……ここ、私の部屋よ。1801」
そう聞くと、彰人は彼女の手にあるカードキーへと鋭い視線を落とした—1807。
彼は薄い唇を開き、何か言おうとした時、星華が突然彼の腕から顔を上げた。
大きく澄んだ瞳、紅潮した頬、水気を帯びたような視線、そして手のひらほどの卵形の顔立ちは驚くほど整っていて可愛らしかった。
彰人は口角を少し上げた。「おまえか…」