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42.1% 許した夫に、奈落へ落とされた / Chapter 8: 第8話:静かな決別

Chương 8: 第8話:静かな決別

第8話:静かな決別

[氷月詩の視点]

蓮が刹那を連れて去った後、私は一人レストランに残されていた。

他の客たちは騒動の後、ほとんどが帰ってしまい、店内は静寂に包まれている。

「奥様、申し訳ございませんでした」

店員が恐縮しながら近づいてきた。

「旦那様からお預かりしております」

差し出されたのは、小さなバースデーケーキだった。

ピンクのロウソクが一本、立てられている。

「旦那様が、必ずお渡しするようにと」

蓮からの、せめてもの罪滅ぼし。

でも、もう遅い。

「ありがとうございます」

私は静かにケーキを受け取った。

一人きりのテーブルで、ロウソクの小さな炎を見つめる。

火を吹き消す前に、私は目を閉じた。

そっと願いを込める。

どうか。私の赤ちゃんが、次こそ心から愛し合う両親のもとに生まれ、あたたかな一生を送れますように。

息を吹きかけると、炎が消えた。

ケーキを口に運ぶ。甘いはずなのに、冷たく苦い味しかしない。

まるで、私たちの結婚生活のように。

----

蓮は病院の待合室で、刹那の診察を待っていた。

「煙は吸っていませんね。大丈夫です」

医師の言葉に、蓮は安堵のため息をついた。

「よかった……」

「蓮くん、ありがとう」

刹那が蓮の腕に寄りかかる。

「当然だろ。お前を守るのは俺の役目だ」

蓮の携帯に、詩からのメッセージが届いた。

『お疲れさま。先に帰ります』

「詩からだ。先に帰るって」

「詩さん、怒ってない?」

「大丈夫だよ。詩は理解してくれる」

蓮は軽く答えた。

でも、彼は気づいていない。

妻の心が、もう完全に離れてしまったことに。

----

[氷月詩の視点]

家に帰ると、携帯が鳴った。

神楽坂弁護士からだった。

「氷月さん、離婚協議書の準備ができました」

「ありがとうございます。すぐに伺います」

「今からですか?もう夜ですが……」

「構いません」

私は迷いなく答えた。

一刻も早く、この関係に終止符を打ちたかった。

弁護士事務所は夜でも明かりが灯っていた。

「お疲れさまです」

神楽坂先生が書類を差し出す。

私はためらうことなく、ペンを取った。

「本当によろしいのですか?財産分与を放棄されるということは……」

「はい」

サインを書き終えて、ペンを置く。

「今後は、氷月と呼んでください」

「え?」

「竜ヶ崎じゃなくて、氷月って呼んでください。私と竜ヶ崎蓮は、もう関係ありませんから」

神楽坂先生が困惑した表情を浮かべた。

「でも、旦那様がサインを拒否される可能性も……」

「彼は離婚を望んでいるはずです」

私はきっぱりと言った。

「刹那さんと一緒にいるために」

神楽坂先生は何も言えずに、書類をファイルにしまった。

家に戻ると、誰もいない静寂が私を迎えた。

荷物をまとめ始める。

思い出の品々を、一つずつスーツケースに詰めていく。

「奥様?」

家政婦が心配そうに声をかけてきた。

「少し出かけるだけです」

「どちらまで?」

「ソル・シエラです」

家政婦の目が見開かれた。

「お一人で?」

「はい」

私は小さな箱を取り出した。

中には、蓮が知らない全てが入っている。

妊娠検診の記録。

エコー写真。

流産の診断書。

彼が知らなかった、私たちの子供の存在の証拠。

「これを、蓮に渡してください」

箱を家政婦に託す。

「私は、もう行くから」

「奥様……」

家政婦の声が震えていた。

でも、私の決意は変わらない。

空港へ向かうタクシーの中で、私は窓の外を眺めていた。

この街ともお別れ。

蓮ともお別れ。

全てともお別れ。

ソル・シエラ行きの飛行機に乗り込んだ時、私の心は軽やかだった。

飛行機が離陸した瞬間、これまでにない解放感が胸に広がった。

愛のない関係から、ようやく自由になれた。

これが、本当の幸せなのかもしれない。

雲の上から見下ろす景色は、美しく輝いていた。

一方、何も知らない蓮は、刹那を送り届けた後、空っぽの家に帰ることになる。

そして、妻が残した小さな箱の中身を見た時、彼はどんな表情を浮かべるのだろうか。


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