それから後をついてきた秦野彩を見ると、もう一言も発せずに攻撃を始めた。
彩は眉をひそめた。
彼女はこの男の実力がかなり強いことに気づいた。
暗闇の中では彼の顔がはっきり見えなかった。
もしかして彼は斎藤武なのか?そんなはずがない!
斎藤武はここ数年姿を現さず、ましてや錦城に現れるなんてあり得ない!
二人が外へと揉み合ううちに、月が空高く輝いていた。彩はようやく男が黒いコートを着ていることを確認した。
彼は背が高く、鷹のような鋭い眼光を持っていた。
月明かりの下、男の平凡な顔が露わになったが、ただその目だけが鋭く、冷たかった。
彼の身のこなしには気品があった。
斎藤武の手下というわけではなさそうだ。
「何か誤解があるんじゃないですか?」彩が説明しようとした瞬間。
男が一撃を放ち、生憎なことに彼女の胸に当たった。彼女は痛みで息を飲んだ。
「くそっ!」
彩は怒り心頭だった。
もはや誤解かどうかなど構わず、とにかく反撃だ!このふざけた男が彼女の胸を触るとは、死にたいらしい!
二人はあっという間に数十の技を繰り出し合った。
男は目の前の女性の動きが機敏で、稀に見る達人だと気づいた!
彼の目には賞賛の色さえ浮かんでいた。
こんな腕前の持ち主が斎藤武のために働いている?あいつには勿体なさすぎる!
男は彼女の手首をつかみ、鋭い目で彼女をじっと見つめた。「お前は一体誰だ?」
そう尋ねながら、男は彩の頬を隠している黒い布を取ろうと手を伸ばした。
彩は怒りが収まらず、一掌を振り下ろした。
「あんたの大叔母さんよ!」
同時に、男の拘束から逃れるため!彼女は容赦なく膝を上げ、男の急所めがけて打ち込んだ。
この勢いだ。
もし彩の攻撃が成功していれば。
間違いなくこいつは宦官になっていただろう!
しかし男は俊敏に身をかわし、彩の攻撃を避けた。
「お前はずいぶん容赦がないな!」
彩は怒りの目を向けた。「あんたみたいなろくでなしには遠慮なんていらないわ!」
彼女は再び足を上げて攻撃した。
しかし男に足首を掴まれてしまった。
「くそっ!」
足首を掴まれた彼女は、宙に浮かんで横蹴りを繰り出し、掴まれていない足で男の頬めがけて強烈な一撃を放った。
男は彩の蹴りをかわした。
彼は彩を地面に叩きつけ、すぐさま上から覆いかぶさった!この手強い女をしっかりと押さえつけた。
だがその時。
あまりに近距離だったため、彩の身体から漂う淡い冷たい香りが男の鼻に入ってきた。
澄んだ月明かりの下、彼は女性の目元を見てどこか見覚えがあると感じた。どこかで会ったことがあるようだが?
「お前は…?」
男に押さえつけられた彩は、突然男に対して本能的な恐怖を感じ始めた。
彼女は少し震えていた。
脳裏に三年間彼女を悩ませ続けた悪夢の光景が浮かんだ!悪夢の中でも彼女はこうして、仮面の男に……
「離れて!」
彩は鋭く叫んだ。
彼女は全力で男を振り払い、慌てて逃げ出した。
一方、男は一瞬呆然としたあと、すぐに倉庫に入り、気を失っている藤原彰を連れ出した。
彩は別荘に戻った。
彼女は黒い夜行服を脱いで隠し、廃倉庫で彼女と戦った男のことを思い出し、眉間にしわを寄せた。
彼は誰なのか?
なぜ彼は彼女を三年間悩ませてきた悪夢を思い出させるのか?
そして彼はなぜ廃倉庫にいたのか?
斎藤武の部下ではないとしたら、彰を救出しに来た人間なのか?
彩はあの平凡な顔を思い出し、別の可能性を考え始めた。
彼女はすぐに部屋を出て、藤原浩大の部屋へ向かった。
そっとドアを開けると、ベッドで寝ている人影が見えた。
浩大は媚薬を飲まされていて、医者がその効果を和らげたので、今は深く眠っているはずだ。
彼女はゆっくりと近づき、布団の中の男の顔を確かめようとした。
その時、ベッドサイドの携帯電話が突然光った……
彼女はビクッとして、すぐに身を翻して自分の部屋へと戻った。
彼女が去った後、大きなベッドの人影がゆっくりと起き上がり、漆黒の鋭い瞳で閉じられたドアを見つめた。
翌朝。
彩が階段を下りてくると、浩大がすでに朝食を食べていた。
彼は車椅子に座り、気品のある様子で、優雅に目の前に置かれた朝食を口にしていた。
彩は何も異常を感じなかった。
彼女は近づいて席に着き、静かに朝食を始めた。
男が食べ終えると。
彼は鷹のような黒い瞳を彩に向けた。「朝食が済んだら、実家に行って彰を見舞いなさい」
彩は一瞬驚いた。
そこで昨夜の倉庫でのことを思い出した。
「はい」
彼女は淡々と返事をした。
そして目をそらすことなく普通に浩大に尋ねた。「彰さんに何かあったんですか?」
浩大は「怪我をした」と答えた。
彩は再び淡々と「そう」と答えるだけで、それ以上何も尋ねず、朝食に専念した。
食事の後。
運転手の高橋健司が二人を車で実家まで送った。
遠くからでも彰が物を投げつけ、大声で騒いでいるのが聞こえてきた。「出て行け!出て行けよ!」
「注射も薬も嫌だ!」
彰はわがままに、まるで子供のように騒ぎ立てていた。
藤原家の家長は途方に暮れて、孫をなだめるしかなかった。「彰、今のあなたの怪我では、薬も注射も必要なんだよ」
「さあ、大人しくしなさい」
彰がまさに文句を言おうとしたその時。
彩が車椅子に座った浩大を押して入ってきた。「いい年して、まだおじいさまになだめてもらわないといけないの?ねえ?」
彰は「……」
浩大の冷たい声を聞いて、彼はすぐに大人しくなった。
そして浩大を押して入ってきた彩を見ると、彼にはただ一つの考えがあった。それは急いで身を隠すことだった。