彼が今こうして自分に温和に接しているのは、昨日、王氏と傅珍珍を救った功績を考えてのことだろう。
それに、口調こそ柔らかいものの、その奥底にはやはり距離と冷ややかさが潜んでいた。
そう思うと、蘇婉はふっと笑みを浮かべ、首を振った。「結構ですわ」
傅璟琛はその言葉に目を上げ、彼女を一瞥した。どこか含みのある笑みに思え、胸の内に疑念が生じる。
それを押し隠し、傍らの従者に命じた。「夫人に糖棗を買ってきてくれ」
「はっ」
まもなく、従者が甘い香りを漂わせる糖棗を手に戻ってくる。
傅璟琛が受け取って差し出すと、蘇婉は「ありがとうございます」と礼を言い、待ちきれぬように包みを開け、ぱくりと口にした。
その無造作な食べ方に、傅璟琛は一瞬目を止めたが、すぐに視線を逸らした。
蘇婉はさくさくで香ばしい甘さを味わいながら、大晏朝随一の繁華を誇る京城の街並みを眺めた。
やがて傅家の門前に到着する。
馬車が止まるや否や、門前で気を揉みながら待っていた王氏と傅珍珍が駆け寄ってきた。
「琛、どうだった?丫丫は?」
「そうだよ、兄さん。蘇丫丫は無事?」
傅璟琛が答えようとするより早く、蘇婉は帷を持ち上げ、にこやかに顔を覗かせた。
「母上、珍珍」
二人はその姿を見るなり、目に涙を浮かべ、危うく喜びのあまり泣き崩れそうになった。「無事でよかった……」
一晩中張り詰めていた心がようやく解けたのだ。
「さあ、早く降りておいで」と、母娘は揃って手を差し伸べ、蘇婉を丁寧に馬車から下ろした。
思いがけぬ厚遇に、蘇婉は少し戸惑う。
地に足をつけたとき、ふと珍珍と目が合い、気まずい沈黙が流れる。
蘇婉が軽く咳払いをし、何か言おうとした瞬間――「う、うわああん!」珍珍が突然声を上げて泣き出した。
「……」蘇婉は固まった。
何も言ってないのに、どうしてこんなに涙ぐむの?
「まったく、この子は……何を泣いているんだい」と王氏は娘の背を撫で、苦笑した。
「な、泣いてなんかない……」と珍珍はしゃくり上げながら否定する。
(これで泣いてないって……自分をだましてるのか、人をだましてるのか……)
蘇婉は呆れつつも、唇を引きつらせる。
珍珍も自分の言葉に説得力がないと悟ったのか、鼻をすすりながら言い直した。「ち、違うの……嬉しいのよ……」
そして自分のあまりの情けなさに気づいたのか、涙を乱暴に拭い、蘇婉を睨みつける。
「死ななかったなら安心したわ……」
その言葉に、蘇婉はほっとすると同時に、胸が少し熱く、そしておかしくもなった。
昨日の恐怖で、きっとこの娘も酷く怯えたのだろう。昨日の馬車の中での刺々しさは影を潜めていた。
「私は簡単に死なないわよ。死んだらあなたの思うつぼじゃない?」とつい悪戯っぽく口にする。
「そうね。祟り神みたいな人は簡単に死なないもの。そんな祟り神に心配なんて……無駄だったわ」一晩中眠れなかった自分を思い出し、珍珍は悔しげに唇を噛む。
蘇婉はぱちりと瞬きし、「つまり、私は長生きするってこと?ありがとう!」と返す。
「厚かましいんだから……!」珍珍は白い目を向け、ぼそっと呟く。
またもや始まった二人のやりとりに、王氏は苦笑を洩らす。
そして娘の視線を避けつつ、蘇婉の汚れた姿に気づき、顔を和らげて言った。「丫丫もきっと疲れ切っているだろうね。早く体を清めて、何か口にしてから休むといい」
「はい」蘇婉は自分の惨めな格好を思い、素直に頷いた。