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章節 12: 012

翌日、俊介はまた病院へ行った。

スマホには航平からメッセージが届いていた。

「少しは良くなったか?」

俊介は「もう治りました」と返す。

「それなら良かった。これからはもっと暖かくしてな。」

「うんうん。」

たったそれだけのやり取りだった。

けれどその冬の朝の光景を、俊介はその後もたびたび思い出すことになる。

半ば眠ったままの目を開けたとき、航平がベッドの隣に座っていたこと。

そして笑いながら肉を食べていた、あの穏やかな横顔。

どんな場面でも、航平は決して気後れしない。

あの人の持つ大らかさは、ただそこにいるだけで空気を明るくする。

——そして、あの一瞬に胸を貫いた激しいときめき。

忘れようとしても、どうしても忘れられなかった。

まるで、暗闇の中をひとり歩いていて、ふと見上げた空に澄んだ月を見つけたような。

その光が、自分だけをやさしく照らしてくれるような——

そんな静かな幸福が、心の奥に残っていた。

その年、俊介はひたすら勉強に打ち込んでいた。

就職活動もせず、大学の授業もほとんどなくなったため、

中学生に数学を教える塾講師のバイトを始め、

あとは以前からの家庭教師。

それ以外の時間はすべて大学院入試の勉強にあてていた。

その冬、俊介の祖母が亡くなった。

もともと体が弱く、長年薬を飲み続けていた人だった。

この二年はさらに病が進み、俊介が伯母の家に帰るたび、

祖母はいつも彼の手を握り、昔話をゆっくりと語った。

年を取ると、思い出すことが多くなるのだろう。

祖母はよく、俊介の父の話をした。

俊介には、もうその記憶が薄れていた。

あまりに幼いころのことで、顔も声もおぼろげだった。

葬儀が終わると、俊介は伯母の家を出た。

荷物は多くない。高校卒業のときに教科書はすべて売ってしまい、

服も大学に入ってから少しずつ持ち出していた。

伯母と伯父は「卒業したらまた戻ってきていいよ。ここはお前の家だから」と言ってくれた。

けれど俊介には、それが優しい社交辞令だと分かっていた。

もう戻る理由はない。

高校を出てからというもの、あの家に泊まることはほとんどなかった。

***

俊介は文系から理系に転じ、金融を専攻して大学院を目指した。

同じく院試を受ける西村と、よく一緒に勉強した。

図書館やカフェを行き来する毎日。

西村は目が見えないため、耳と手の感覚だけで学んでいた。

「俊介……なんか、頭がもういっぱいで、動かない。」

「少し休もう。なんか食べに行く?」

「何食べるかな……ラーメンとか?」

「いいね。俺が奢る。パスタでもラーメンでも。」

「じゃ、ラーメンで。あとおにぎりも欲しい。」

俊介は笑ってうなずき、自分の荷物をまとめると、西村の荷物も手伝って片づけた。

西村はリュックを開けたまま抱え、俊介が丁寧に本を詰めていくのを待っている。

「この前さ、兄貴がどこかで買ってきたラムチョップ、めっちゃ旨かった。今度一緒に行こうぜ。」

「行く。俺、最近ずっと野菜ばっかでさ。次は肉だな。」

「肉だ肉!」と、西村は笑いながら何度もうなずいた。

そのとき、西村のスマホが鳴った。

「今どこだ!」

電話の向こうから仁野の大きな声がした。

「勉強中。努力してるよ。」

「真面目か!いいから出てこい。飯行くぞ。みんな帰ってきてる。」

「みんな?」

「そりゃそうだ。弦生以外な。」

「……ああ。」

西村は短く答えた。

「早く場所送れ。迎えに行く。」

「何食べるの?」

「親父が新しく出した店。」

「肉、ある?」

「あるに決まってんだろ!まさか菜食主義になったのか?貧乏で肉も食えなくなったか?」

「じゃ、頼む。俺と俊介、今から行く。」

電話を切ると、西村は俊介に向き直った。

「行こう、俊介。肉、食いに。」

俊介は瞬きをして、「仁野?」と確認した。

「そう。みんな帰ってきたらしい。」

「……みんな?」

「弦生以外、全員。」と、西村は小さく息をついた。

俊介はしばらく黙って、それから西村のリュックのファスナーを閉めた。

「じゃあ、行こう。」

——一年ぶりに、俊介は航平と再会する。

 


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