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0.67% もうやめて社長!奥様は今夜も家出中! / Chapter 3: これは違法監禁ってやつ

章節 3: これは違法監禁ってやつ

編輯: Pactera-novel

ナースステーションの片隅で電話をかけていても、灯の頭の中はまだ「スマホをトイレに落とした」というショックから抜け出せず、看護師の問いかけにすぐには反応できなかった。

「旦那さんに電話するんですか?」

「えっ?」

灯は間抜けに口を開ける。

看護師は彼女のカルテを指で軽く叩きながら、穏やかに言葉を継いだ。

「人工流産の手術でしょう?既婚ってなってるけど、ご主人が見当たらないですね。付き添いは?」

「……知らないの。忙しい人だから」

唇をかみながら答えつつ、灯は再びスマホのボタンを押す。

看護師に背中を押されるようなその一言で、指先は思わず彰の番号にかけそうになっていた。

看護師は気まずさを覚えたのか、慌ててフォローする。

「きっと旦那さんも大事な仕事で来られないんですよ。もし知ったら、あなたのこと心配で仕方ないはずです」

その言葉に、灯の手が一瞬止まる。

看護師はさらに微笑みを浮かべながら続けた。

「まだ若くて綺麗なんですし、旦那さんもきっと素敵な人でしょう?すぐにまた新しい命を授かれますよ」

「……もう、ないよ」

声は歯の隙間から絞り出すように、小さく震えていた。

「私たち、離婚するから」

空気がぴたりと止まった。看護師の笑みは固まり、灯は入力しかけた番号を一瞬で消去し、新しい番号を打ち込む。そして振り返って、困り果てた看護師に無理やり笑顔を見せた。

「この子は……彼とは関係ないの。だって、あの人……子ども作れないから」

看護師の表情は陰から驚き、さらに引きつったものに変わっていく。

その時、電話の向こうから不機嫌そうな低い声が響いた。

「お姫様?ちゃんとした理由があるんでしょうね。さもないと……花がどうして散るか、教えてあげるわよ」

「流産したの。一人で、病院にいる」

しばしの沈黙の後、衣擦れの音が聞こえ、紀田凪(きた なぎ)の声はすぐにきびきびとしたものに変わった。

「どこの病院?」

結局、灯は凪のすすめる病室の移動を断り、退院してそのまま彼女の家で療養することにした。

「本当に、彼に離婚って言ったの?」

ソファに横たわる灯は、スナックをつまみながらテレビを眺め、部屋を片付ける凪の声に気の抜けた返事を返した。

「うん、嘘ついてどうするの」

「意外だねえ。私はてっきり、あんたは死んでも渡辺の家の門前に石碑立てる女かと思ってたよ。……ふーん、根性あるじゃん」

腕を組みながら、凪は意味ありげに問いかける。

「で?あの完璧主義で支配欲の強い渡辺彰が、嫁に『離婚』なんて突きつけられて、大人しく引き下がると思う?」

灯は「ふん」と鼻を鳴らした。

「離婚って切り出すくらいだよ?怖がるわけないじゃん」

――ドンドンドンッ!

突然、玄関の扉が激しく叩かれた。

「誰よ!ドア壊れるでしょ!」

猫目で覗いたは、その顔色を一気に青ざめさせた。

「……わ、渡辺彰!?」

灯は喉にぶどうを詰まらせ、目を剥いた。

「どうするどうする、旦那が来ちゃったじゃない!」

外では、さらに苛立ちを隠さない声が響く。

「森田灯!いるのはわかってる、出てこい!」

凪は戸惑いながらもドアノブに手をかけ、灯に視線で問いかける。今までも散々見てきた。喧嘩して飛び出してきても、結局は彰の電話一本で帰っていった灯の姿を。今回もきっと……そう思ったのに。

「開けないで。私は帰らない」

その言葉に、凪の手が空中で止まった。

灯は咳き込みながらぶどうを飲み込み、静かに視線を落とす。

――思い出した。結婚したばかりの頃。

渡辺家の婦人たちと一緒に慈善パーティーに招かれた時、入場でカードが通らず、彼に何度電話しても繋がらなかった。

義母の小川美桜(こがわ みさくら)に助けを求めても返事はなく、冷たい夜風の中で二時間も立ち尽くすしかなかった。最後にようやく、義母の秘書が出てきて案内してくれた。

後で勇気を出して彰に話した時のことを、灯は今も忘れられない。

彼は書類から顔を上げただけで、こう言ったのだ。

――「外は寒かった? 二時間くらいでしょ」

その瞬間の冷たさは、どんな熱い恋心でも溶かせなかった。

凪は驚いて尋ねた。「……本気で言ってる? 彰を外で立たせておく気?」

「立たせときゃいいじゃん。別に寒くないでしょ」

わざと声を張り上げ、外に聞こえるようにする。

すると、玄関の騒音はぴたりと止んだ。凪が覗き穴を覗き込み、小声で呟く。

「……いない!」

胸の奥のざわつきが、一瞬で静かに沈んでいく。灯は皿のぶどうをつつきながら、心のどこかで小さな空虚を噛みしめていた。

「はー、びっくりした。てっきり旦那があたしに文句言いに来たのかと」

凪が胸を撫で下ろすと、灯は冷笑を浮かべた。

「そんな大事に思われてるわけないじゃん」

凪は眉をひそめながらも、友人を慰めようとする。

「でもさ、全くどうでもよかったら、わざわざ来る?それなりに気にしてるんじゃない?」

灯はソファに身を投げ出し、吐き捨てるように笑った。

「本気で探す気があるなら、消えたりしないでしょ。……男なんて信用ならない」

その時、凪のスマホがけたたましく鳴った。

「は?管理会社?こんな時間に?」

出て数秒、彼女の表情が一気に固まる。

「はい、私ですけど……はい? な、何ですって!?森田灯を……不法監禁だと!?旦那さんが警察に!?」


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