章節 7: 結婚しよう、澪!
編輯: Pactera-novel
澪が返信メッセージを打とうとしたその瞬間、暗号化されたビデオ通話が突然画面に現れた。
まるでノートパソコンに個人的な侮辱でも受けたかのように、彼女は数秒間その画面を見つめ、苦々しい笑みを浮かべた。
応答すべきかどうか迷いながら、重いため息が漏れる。
彼女には、彼と正面から向き合う時間も気力もほとんどなかった。ふたりがビデオ通話をするのは、彼女が本当に深刻な状況に陥ったときだけ。そして、いつも自分からかける側だった——今回のように、向こうからかかってくるなんてことはなかった。
澪が決断を下す前に、通話は自動的に接続される。画面に映ったのは黒縁メガネをかけた男。目には心配の色がにじんでいた。
地球の裏側にいるはずなのに、よくもまあこんなに早く私の騒動を嗅ぎつけたもんだ、と彼女は呆れたように惨めに笑った。
「ねぇ健太、わざわざこっちのゴシップまで漁るなんて、そっちはよっぽど暇みたいね」
挨拶も抜きで澪は言う。もうとっくに、礼儀正しいやりとりなんてしなくなっていた。
「大丈夫か？」彼は皮肉を完全に無視してきた。
澪は首を振り、小さく笑った。
「はぁ、健太……大丈夫に決まってるじゃん。もし本当にヤバかったら、今ごろ救急室で寝かされてて、あんたと喋ってなんかないわよ」
その冗談めかした返しに笑うでもなく、彼は薄く口元をゆがめたあと、鋭く問いただした。
「いったい何があった？なんで父親に家を追い出されたんだ？」
「自分で調べりゃいいじゃない。それにもう父親じゃないし……元・父親よ」
澪は親友の高橋健太（たかはし けんた）が口をぽかんと開けた滑稽な様子を見ながら、心の中で笑いを堪えた。
彼が本気で知りたければ、数分で全部調べ上げるはずだ。
彼は今でも、数年前に出会ったときと変わらぬ凄腕のハッカー。ひと検索すれば、澪のスキャンダルの詳細が綺麗に一覧表示されていることだろう。
健太は頭を振った。失望と同情が、表情の奥で交錯していた。
「ごめん、澪。よっぽど辛くて、俺がした約束も忘れちまったんだな」
「約束って？」と澪は首をかしげた。彼の言っていることは間違っていなかった。記憶の半分はもう霧の中だった。あるいは、正気を保つために、脳内のシュレッダーにかけたのかもしれない。
「俺は誓っただろ。君が頼まない限り、調べないって。君のことも、家族も、友達も——絶対に」
澪は深く息を吐いた。胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、重くて静かなため息だった。それは彼に向けた、無言の合図だった。もう好きに調べていい——あの名前も、家族も、全部人生から削除済みだ。もう何も気にしていない。
健太の視線が鋭くなった。目に一瞬、鋭い不安がよぎる。
「澪、俺を信じてくれ。何があったのか、本当のことを話してほしい。……友達として力になりたいんだ」
ふたりは、まるで一歩も引かない睨み合いでもしているかのように、目をそらさずに見つめ合った。まばたきひとつなく、降参の気配もない。
永遠にも感じられる沈黙の後、澪はようやく折れた。話してやろうじゃないの、と。
だって、自分ひとりで抱えるにはあまりにも重たすぎた。少しくらい肩を貸してくれる相手がいても、罰は当たらないだろう。
「小野拓海——」彼女はまるで明日の天気でも口にするかのように、さらっと言った。
「選んできた相手と結婚しろって言われて、拒否したら家を追い出されたのよ」
健太の顔が、好奇心から一気にしかめっ面に変わった。まるでレモンをかじったときのような表情で。
あまりにもおかしくて、澪はつい笑いをこらえた。
「は？自分の娘にそんな仕打ちって何だよ？血のつながった家族だろ？本当に実の親かよ？いや、マジで気持ち悪いし信じられない。小野拓海ってやつは、もう悪党そのものだろ。人間としても最悪、親としても最低すぎる！！」
澪は笑いを抑えられなかった。彼の顔が真っ赤になり、耳から蒸気が出そうな様子が面白かった。
「ほんとよね、友よ」彼女はニヤッと笑って言った。「私も最近、実の父親じゃない説を考え始めたところ。もうね、あれは別次元のクズだわ。恥知らずにも程がある」
健太は大きく息を吐いて、どこか哀れみを含んだ目を向けた——とはいえ、彼の鋭い舌には、いつだってちょっとした批判が混じっていたけれど。
「それで、これからどうするんだ？」
まだ声に、心配の色が残っている。
「他に何があるの？決まってるじゃない。新しい人生、始めるわよ。焦らずに、まずはこのリセット期間を楽しむの」
澪は彼の険しい表情を和らげようと、にっこり笑って見せた。でも、どうやら効き目はなかったようだ。
彼は、まだ心配していた。
「澪、こっちに来いよ。俺と付き合おう。ちゃんと面倒見るから……」
彼は提案した。
彼女の眉がよった。
「来たか、真面目モードの健太。今日の私に一番必要なやつね」
突然、健太が別人のように見えた。まるで誰かが彼の体を乗っ取って、責任感100倍増しの別人になったかのようだ。
いつもは冗談ばかりで、しがらみなんてゼロの男なのに。恋愛？ありえない。そもそもそんな船、造船すらされてなかった。
「無理よ。今はまだここにいなきゃいけない」澪は軽い調子で答えた。
「でも……将来的には、あなたの国に引っ越すのもアリかもね」
そして健太は、とんでもない一言を口にした。澪は思わず空気でむせる。
「マジでさ、澪。こっちに来て、俺と結婚しよう」
「ごほっ、ごほっ……は？何言ってんの！？」
彼女の脳がフリーズする。
普通なら、その反応に笑うところだろう。でも健太は、じっと目を細めていた。
これって冗談？それとも……本気？正直、わからなかった。
「あなた、バカなの？」
「俺は高橋健太……バカじゃない」その言い方がまた、腹立たしいほど真顔。
「やめてってば！ほんとにそういう冗談やめて。私、けっこう繊細なんだから……すぐに壊れちゃうかもよ？」
澪は首を振って、彼を睨みつけた。
「冗談なんかじゃない。俺、今までで一番真剣だよ、澪。こっちに来て——もう何も心配しなくていいようにするから。ただ思いっきり人生を楽しめばいい。面倒もストレスもなし、ただ楽しいことだけ」
健太の声にはまだあの不気味な誠実さが含まれていた。
その言葉に恋愛ヒロインのように赤面なんてせず、澪は大笑いした。
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