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章節 12: 12話 顔も知らないお人好し

 思考より先に、身体が動いていた。

 フォレストグリズリー。その名は知識として知っている。だが、目の当たりにする本物の威圧感は、想像を絶していた。あの分厚い皮膚と岩のような筋肉。

 この数週間、雑魚魔物ばかり相手にしてきた身体が警鐘を鳴らす。生半可な剣技が通じる相手ではない、と。

 だが、選択肢はなかった。

「――グオオオオオッ!」

 獣の咆哮が森を揺らす。

 オレの乱入に気づいたグリズリーが、その憎悪に満ちた瞳をこちらに向けた。狙いを定めた獲物――赤毛の少女からオレへと、その標的を変えて。

 好都合だ。

 オレは腰を低く落とし、剣を構える。イオとの訓練で体に叩き込んだ、対人戦とは全く異なる、対魔物用の体捌き。

「……っ!」

 背後で、少女が息を呑む気配がした。

 だが、振り返る余裕はない。今は目の前の脅威に全神経を集中させる。彼女が誰であろうと、今は関係ない。ただ、助ける。それだけだ。

 大地を蹴り、一気に間合いを詰める。狙うは、巨体に似合わず俊敏な、その足。

 振り下ろされる、岩をも砕くであろう爪を、紙一重で潜り抜ける。肌を掠める風圧だけで、全身の産毛が逆立った。

 速い……! そして、重い……!

 イオとの訓練とは、まるで次元が違う。殺意の密度が、桁違いだ。

 オレは即座に体勢を立て直し、グリズリーの側面に回り込む。だが、その動きすら読まれていたかのように、巨木のような腕が薙ぎ払われた。

「ぐっ……!?」

 咄嗟に剣で受け流すが、衝撃を殺しきれない。腕が痺れ、身体が木の葉のように吹き飛ばされ、地面を数回バウンドして近くの木に背中を強打した。

 肺から空気が強制的に絞り出される。視界が、一瞬だけ白く染まった。

 駄目だ……! 剣だけでは、ジリ貧になる……!

 体格差、パワー、そのすべてが圧倒的に違いすぎる。このままでは、いずれ致命的な一撃を食らう。

 オレは荒い息をつきながら、忌々しげに舌打ちした。

 ――仕方ない。

 見られるのは、最悪だ。


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