思考より先に、身体が動いていた。
フォレストグリズリー。その名は知識として知っている。だが、目の当たりにする本物の威圧感は、想像を絶していた。あの分厚い皮膚と岩のような筋肉。
この数週間、雑魚魔物ばかり相手にしてきた身体が警鐘を鳴らす。生半可な剣技が通じる相手ではない、と。
だが、選択肢はなかった。
「――グオオオオオッ!」
獣の咆哮が森を揺らす。
オレの乱入に気づいたグリズリーが、その憎悪に満ちた瞳をこちらに向けた。狙いを定めた獲物――赤毛の少女からオレへと、その標的を変えて。
好都合だ。
オレは腰を低く落とし、剣を構える。イオとの訓練で体に叩き込んだ、対人戦とは全く異なる、対魔物用の体捌き。
「……っ!」
背後で、少女が息を呑む気配がした。
だが、振り返る余裕はない。今は目の前の脅威に全神経を集中させる。彼女が誰であろうと、今は関係ない。ただ、助ける。それだけだ。
大地を蹴り、一気に間合いを詰める。狙うは、巨体に似合わず俊敏な、その足。
振り下ろされる、岩をも砕くであろう爪を、紙一重で潜り抜ける。肌を掠める風圧だけで、全身の産毛が逆立った。
速い……! そして、重い……!
イオとの訓練とは、まるで次元が違う。殺意の密度が、桁違いだ。
オレは即座に体勢を立て直し、グリズリーの側面に回り込む。だが、その動きすら読まれていたかのように、巨木のような腕が薙ぎ払われた。
「ぐっ……!?」
咄嗟に剣で受け流すが、衝撃を殺しきれない。腕が痺れ、身体が木の葉のように吹き飛ばされ、地面を数回バウンドして近くの木に背中を強打した。
肺から空気が強制的に絞り出される。視界が、一瞬だけ白く染まった。
駄目だ……! 剣だけでは、ジリ貧になる……!
体格差、パワー、そのすべてが圧倒的に違いすぎる。このままでは、いずれ致命的な一撃を食らう。
オレは荒い息をつきながら、忌々しげに舌打ちした。
――仕方ない。
見られるのは、最悪だ。