葉山麗子の話を聞いていると、言野悠もだんだんとそういうことなのだろうと思うようになった。
「悠、早く降りなさいよ!墨田若様を長く待たせちゃダメよ」
葉山麗子は急かすように言い、嬉しさのあまり口が閉じられないほどだった。
「あなたが墨田若様と関係を持てば、将来墨田家の若奧様の座は、あなたのものになるかもしれないわよ!」
「何を急いでるの」
言野悠は一転して落ち着いた様子を見せたが、その狐のような媚びた目は一瞬も離さず墨田修の姿を追っていた。
「簡単に手に入るものを男は大切にしないものよ。これからいくらでも機会はあるわ」
悠は自信たっぷりに髪をかき上げ、床に散らばった小切手の破片を見ると、途端に表情が曇った。
彼女の金儲けの邪魔をする者は、たとえ身内であっても容赦しないつもりだ。
……
言野梓は学校に戻ると、まず寮に帰って風呂に入った。
冷水シャワーを浴びて頭はすっきりしたが、昨夜の光景はどうしても頭から離れなかった。
悠の行動と葉山麗子の態度に、彼女はますます心が冷え込むのを感じた。
あの家には、もう帰る必要もないだろう……
今日は水曜日で、午前中はジュエリーアートデザインの理論の授業が2時間目だけだった。梓は新しい服に着替え、教科書を持って、魂が抜けたように教室棟へ向かった。
五月の暖かな日差しはとても優しく、彼女の白い卵型の顔に降り注ぎ、薄い光の層をまとったように見えた。
梓はとても美しく、幼く可愛らしい顔立ちで、清楚で上品な顔には青春の穏やかな雰囲気が漂っている。そのため、安田市立大学の清純派キャンパスクイーンとして学生たちから称えられていた。
彼女に5歳の息子がいることも、18歳の時に休学したのが子供を産むためだったことも、誰も知らなかった。
だからこの呼び方に対して、彼女は自分が値しないことを自覚している。
「ドン」
梓は視界の端に白い影が過ぎるのをぼんやりと見たが、気づいた時には既に頭からぶつかった。
清々しい特別な香りが鼻先に広がり、同時に手に持っていた本と相手の教科書が地面に落ちた。
「ごめんなさい!」
梓は急いで謝り、すぐにかがんで本を拾おうとした。
手が本に触れた瞬間、手の甲に骨ばった指の手が重なった。
予期せぬ肌の接触は、わずかに冷たかった。
梓はハッと顔を上げ、底知れぬ深い目と合い、は冷たく沈んだ美しい顔が映ってきた。
この男子学生はとても端正な顔立ちで、細長い切れ長の目と、高くて美しい鼻筋を持っている。
彼の右耳には逆三角形の黒いピアスがつけられ、クールで禁欲的な雰囲気の中に洗練された不良っぽさが混じっていた。
梓はこの人物を知っている。安田市立大学で最も人気の高い校内公認のイケメン、甲斐田誠だ。
彼は非常にハンサムなだけでなく、学業成績も優秀で、多くの女子学生の憧れの的だ。
「すみません、わざとぶつかったわけじゃなかったんです」
2秒ほど呆然としてから、梓はようやく我に返り、手を引っ込めて再び謝った。
甲斐田は何も言わず、顔は相変わらず冷たいままだ。梓は彼が少し不機嫌なのだろうと思った。
彼はある種の潔癖症があり、特に異性との接触を好まないと聞いていた。
梓は素早く2冊の本を拾い上げ、埃を払ってから誠に渡した。そのとき、ポケットの携帯電話が震え始めた。
電話は息子の学校の担任からだった。梓は迷わず電話に出たが、通話が繋がるとすぐに、向こうから担任の慌てた叫び声が聞こえてきた。
梓の顔色は一瞬で変わり、自分の本を拾うことさえ忘れて、慌てふためいて走り去った。