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12% 夫が私と結婚していたのは、たった七秒間 / Chapter 3: 第3話:贋物の証明

章節 3: 第3話:贋物の証明

第3話:贋物の証明

結衣はスマートフォンの画面を見つめていた。昨夜の映像が頭から離れない。怜が魅音に手渡していたもの——それは結衣の首元で輝いているネックレスと全く同じものだった。

「世界に一つしかない一点物だ」

怜の声が記憶の中で響く。結婚記念日の夜、彼はそう言ってこのネックレスを結衣の首にかけた。優しい手つきで、愛情を込めて。

結衣は鏡の前に立ち、首元のネックレスを外した。小さなダイヤモンドが朝日を受けて煌めく。美しい。だが、もしかすると——

スマートフォンを手に取り、ネックレスの写真を撮る。宝飾業を営む大学時代の友人、田中に送信した。

『急ぎで鑑定をお願いします』

返信は思ったより早く来た。

『これは贋物ですね。市場価格で三千円程度の代物です』

画面を見つめたまま、結衣は乾いた笑い声を漏らした。

自分という存在も、妻という肩書きも、すべて贋物だったのだ。

――

電話が鳴った。怜からだった。

「結衣、急に二日間の出張が入った。すまない」

「お疲れさまです」

「俺がいなくても、ちゃんと食事はしっかりとるんだぞ」

愛情深い夫を演じる声。結衣は受話器を握りしめた。

「はい。気をつけて」

電話を切ると、結衣は無意識に車のキーを手に取っていた。

――

怜の会社の前で車を停めた。しばらく待つと、怜の黒いセダンが駐車場から出てきた。結衣はエンジンをかけ、距離を保ちながら後を追う。

車は市街地を抜け、山道へと向かった。霧雨が窓ガラスを濡らし、視界を曖昧にする。結衣の心臓が激しく鼓動していた。

やがて見覚えのある風景が現れた。

石段が続く古い寺。

結衣の血の気が引いた。

――あの場所だった。

義母の朽木響子(くちききょうこ)に無理やり連れてこられた寺。子宝祈願という名目で、結衣は何時間も石段を上り下りさせられた。

「男の子を産むまで、毎日でも来なさい」

響子(きょうこ)の冷たい声が記憶の中で蘇る。結衣の足は血豆だらけになり、膝は擦り傷で赤く染まった。

その時、怜が現れた。

「母さん、もうやめてください。結衣が可哀想だ」

優しい声で結衣を庇ってくれた。そして二人でこの寺に縁結びの錠をかけた。永遠の愛を誓って。

だが今——

結衣は車から降り、木陰に身を隠した。

怜が魅音を背負って石段を登っている。魅音は楽しそうに笑い声を上げていた。

「重くない?」

「君なら何キロでも軽いよ」

甘い言葉。かつて結衣にかけてくれた言葉と同じ。

二人は縁結びの錠がかけられた場所に辿り着いた。魅音が錠を見つける。

「これ、何?」

「昔の……もう関係ないものだ」

魅音は鍵を取り出し、錠を開けた。そして山の下へ投げ捨てる。

「もう彼女は『元妻』なんだから、あなたとの錠なんて残しておく意味はないわ」

代わりに新しい錠をかける魅音。

結衣は拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、血が滲む。

元妻。

その言葉が結衣の記憶を呼び覚ました。

――

結婚式の前日。怜が分厚い書類の束を持ってきた。

「資産関連の書類だ。サインをお願いします」

結衣は何も疑わずに、一枚一枚にサインをしていく。最後の一枚——それは離婚届だった。

婚姻届を提出してから、わずか七秒後。

法的な結婚生活は、七秒で終わっていた。

たった七秒。青春のすべてをかけて夢見た結婚生活は、七秒で終わった。

――

二日後、怜が帰宅した。手には崖に咲く希少な花の花束を持っている。

「テレビ番組のロケハンだったんだ。これ、君に」

「ありがとう」

結衣は花束を受け取った。その直後、スマートフォンに通知が届く。

魅音のSNS更新。

同じ花束を抱えた魅音の写真。首筋には赤い痕がついている。

『彼が去ったばかりなのに、もう恋しくてたまらない』

結衣は画面を見つめたまま、何も感じなくなった。

痛みを感じる神経が、麻痺していく。

これは病気の悪化なのだろうか。それとも——

「結衣?」

怜の声が遠くに聞こえた。

「どうしたんだ?顔が真っ青だぞ」

結衣は顔を上げ、夫を見つめた。この人は一体、何者なのだろう。


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