その直後。
浩は冷ややかに言い放った。
「僕が、もっと良いものを補ってやろう」
しかし。
水紀は静かに首を振った。
そもそも彼女は、ああいう宝石に大して興味がなかったのだ。
――所詮は雪の結晶のように造られた、ただの飾りに過ぎない。
渡辺琴音のような子供を宥めるにはちょうどいい、そんな代物。
水紀があまりにも聞き分けよく振る舞うのを見て……
浩は彼女を抱き上げた。
その視線は、わがままを言い募る琴音へと冷たく流れた。
「お前も……姉のように分別をわきまえるべきだ」
その一言に、琴音は逆上した。
「私には、そんな姉なんていない!彼女は私のものを奪ったのよ!」
――それは宝石だけのことではなかった。
浩の気に入りまでも。
浩の紫瞳が細められる。
「誰が……お前をそんなにも傲慢に育てた?」
その言葉を聞いた瞬間。
……水紀の唇が微かに引きつった。それ、自分自身を責めているんじゃ……?
一方の琴音は、悔しさに堪え切れず泣き叫んだ。
「うぅ……お母様に会いたい!もしお母様がまだ生きていたら、きっと何でも私にくださったはず……よそ者になんて渡さない!」
――その一言は、致命的だった。
その瞬間
浩の指先が、ひやりと冷えた気配を帯びた。
その表情は、ますます複雑に揺れ動いた。
紫瞳の底に、一瞬だけ――同情の色が差した。
水紀には理解できた。
琴音の生母、すでに亡きあの優しく穏やかな妃こそ……浩の最も深い痛み。
やはり。
その名を出された途端、
彼の心はひどく傷ついたのだ。
そして浩は――琴音をまるで忘れ去ったかのように。
水紀を抱き、宮殿を後にした。
残された琴音は、ひとり取り乱して泣き叫ぶばかりだった。
……宮殿を出た後。
浩はふいに深い溜息を漏らした。
「なぜ……あの子は、あのような姿になってしまったのか……」
眉間に刻まれた皺を見て。
水紀は、彼が琴音のことで心を痛めているのを察した。
思わず手を伸ばし、その皺をなぞるように撫でながら、
大人びた声音で言った。
「パパ、ご心配なく……まだ幼く、世を知らないだけよ」
浩は横目で彼女を見やり、淡々と呟いた。
「世の子供が皆、お前のように手間がかからねば、さぞ良かろう」
「???」
……いや、そこは気が利くとか頼もしいとか、そう褒めるところじゃないの?
それに、自分の精神年齢はもう子供じゃないんだけど!?
浩は疲れを滲ませるように目を細め――
しばしの後、掌に再び雪花のような宝石を顕現させた。
「……大事にしろ。砕くなよ」
水紀は素直に頷き、慎重に受け取った。
だが実際には、それほど重くは受け止めていなかった。
――姫の殿に戻るとすぐ。
水紀はその雪花の宝石を、侍女の久美に預けた。
「これが一番、無難よね」
「こ、こ、これは……」
すると久美は……今度は悲鳴を上げることもなく、ただ口ごもるばかり。
水紀は呆れ気味に見つめた。
やっと
久美は震える声を絞り出した。
「……これは神力石でございます!」
水紀は目を剥き、思わず手を震わせた。
宝石を床に落としそうになるほどに……
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——『兄弟たちは皆絕世』原作からの抜粋。
神力石
その形は、透きとおる氷菱のごとき雪花。
上位千年獣人が、自らの神力の大半を削り、凝縮して生み出した晶魄である。
神力の性質により、その結晶の形状もさまざま。
服すれば――下位の獣は即座に人の姿となり。
上位獣人が服せば、更なる神力を練化することができる。
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