「城戸様、佐々木さんの病気は非常に珍しいものです」
「治療を十年続けてきて、完治したと思っていたのですが、一か月前に再発してしまって……」
「佐々木さんが生前最も愛した方として、お気持ちはわかりますが、彼女の遺志を尊重して、遺体を私たちに引き渡していただければと思います……」
医師の言葉が終わる前に、城戸洸也は電話を切った。
彼は携帯を床に投げつけ、血走った目で呟いた。
「これは嘘だ!」
「これは南帆の罠だ!」
自分を納得させるかのように、洸也は立ち上がって別荘へと走り出した。
「南帆、出てこい!」
「出てこい!」
別荘の一階で叫びながら、洸也はボディーガードの襟首を掴んで怒鳴った。
「言え、お前は南帆に買収されたんだろう?!」
「わざと化粧を施した人形を突き落として、私の心を揺さぶり、彼女を許すようにしむけたんだな!」
ボディーガードは不思議そうな目で彼を見た。狂気じみた洸也の姿に、彼の体が震えた。
「洸也様、奥様は本当に三階から飛び降りたんです。私はこの目で見ました……」
しかし彼の言葉が終わる前に、洸也は彼を強く押しのけた。
「嘘をつくな!」
「自分で確かめる!」
一言一句噛みしめるように言うと、洸也は素早く階段を駆け上がった。
彼はあまりにも速く歩いたため、右脚の義足が激しく擦れ、鮮血が黒いスーツのズボンを染めた。
だが彼はそれに気づく様子もなく、一瞬も立ち止まらず三階へと駆け上った。
彼が私の飛び降りた窓辺に立った時、窓枠の上に薬の入った小箱が見えた。
震える手で箱を取り上げると、追いついてきたボディーガードがそれを見て、はっとした様子で口を開いた。
「洸也様、奥様は飛び降りる前にこの箱の中の薬を飲みました」
「薬に何か問題があったのでしょうか?」
ボディーガードの言葉が終わるか終わらないかのうちに、洸也は血走った目で振り向いた。
「彼女がこの中の薬を飲んだと言うのか?」
ボディーガードは恐る恐る唾を飲み込み、頷こうとした矢先、
階下から雲井佳乃の慌てた声が聞こえてきた。
「ここよ!」
「感染した遺体はここにあるわ!」
プールのそばで、佳乃は医療スタッフを連れてきて、私の遺体を指さし恐怖に震える声で叫んだ。
「早く連れて行って!」
「必ず解剖して、どんな感染症なのか調べて!」