老人はすっかり興味を引かれていた。医者が自分の治療をするなど、これまで見たことも聞いたこともない。たとえ自分が病気になったとしても、他人に診てもらうのが通例。医を志す者は自らを診ないというのが、古くからの掟であった。龍飛の言葉を聞くや否や、老人は慌てて言った。
「皆さん、ちょっと待っていてくれ。薬箱は裏庭にある、すぐ持ってくる! この若者がどうやって自分で治療するのか、ぜひこの目で見たい!」
そう言って、老人は裏庭へと駆けていった。
間もなく、老人は自慢の薬箱を提げて戻ってきた。「鹿丸」も清水を用意し、龍飛の指示に従って布切れを探してきた。それを包帯代わりに使うためだ。店主も薪を二枚持ってきて、添え木として使うことにした。老人が薬箱を開けると、濃厚な薬草の匂いが部屋中に広がった。
「ここに君の言っていた“消炎薬”というものがあるかもしれん。必要なものがあれば、どうぞ遠慮なく使ってくれ。」
龍飛は微笑みながら、薬箱の中を覗き込んだ。中には瓶や壺がぎっしり詰まっていて、一つ一つ開けてみても粉薬や丸薬ばかりで、自分の求めていた液体の薬は見当たらなかった。
龍飛は首を振り、尋ねた。
「これ、全部なんなんだ? 見たこともない。西洋薬はないのか?」
「せいようやく? それは何のことじゃ?」
「……もういい、聞かなかったことにしてくれ」
龍飛は、また余計なことを言ってしまったと気付き、ため息をついた。そして鹿丸に向かって指示した。
「切り傷用の薬を見つけて、俺の傷に塗ってくれ。先に水で洗ってからだぞ、忘れるな。」
周囲の人々が驚きと困惑を浮かべる中、鹿丸が薬を塗っている隙に、龍飛は「包帯」に使う布を丁寧に巻き上げ、折れた肋骨の辺りを手で触った。激痛に耐えながら、折れた骨を少しずつ元の位置へと戻していった。そして鹿丸に胸に布を巻くように頼んだ。
筋や骨の痛みは、常人なら気絶してしまうほどの激痛だ。龍飛は歯を食いしばり、額から汗がポタポタと床に落ちた。鹿丸の不器用な手つきでなんとか巻き終わったころには、龍飛の全身は汗でびっしょり、歯を噛み締める音が「ギシギシ」と鳴るほどだった。
「ふぅ……」と大きく息を吐き、龍飛は鹿丸が巻いた包帯を触ってみた。歪んだ顔にうっすらと笑みを浮かべ、
「悪くない、“薬匣子(やっこうし)”の風格があるな、はは……」
と冗談を言った。
鹿丸も汗だくになっており、額の汗を拭きながら龍飛に微笑んだ。
「で、次は何すればいい?」
龍飛はしばらく休んだあと、鹿丸が濡れた布で額の汗を拭いてくれると、感謝の意を込めて軽く笑った。
「よし、何かで俺の脚を持ち上げて、平らにしてくれ。傷がどれくらいか確かめたい。」
鹿丸はすぐに長椅子を二脚持ってきて、龍飛の脚をその上に置いた。龍飛が傷を触ってみると、ちょうど脛骨の真ん中が折れており、鋭い骨片が皮膚を突き破りそうになっていた。軽く押してみただけで激痛が走る。さっきまでの痛みは我慢できたが、こればかりは耐えられそうもない。
部屋中の人々が彼を見つめていた。龍飛は決して負けを認めない性格で、それが大隊長に認められ、特殊偵察部隊に選ばれた理由でもある。龍飛は鹿丸に木の棒を噛ませるよう頼み、指示を出した。
「今から俺の左脚を引っ張ってもらう。俺が『引け』と言ったら、思いっきり引っ張れ。『放せ』と言うまで離すな、わかったな?」
鹿丸は真剣にうなずいた。龍飛はさらに店主と御者にも声をかけた。
「あなたたちは俺の肩を押さえてくれ。引っ張られないように固定するんだ。鹿丸と同じく、俺が『放せ』と言うまでは手を離さないでくれ。」
二人は顔を見合わせ、軽く頷いてから手伝いに加わった。
龍飛は決意を固めて鹿丸に頷いた。鹿丸は力いっぱい龍飛の脚を後ろに引っ張った。龍飛はまるで脚をノコギリで切断されたような激痛に襲われた。その痛みは脚から背中を伝い、瞬く間に脳へと突き抜けた。意識が飛びそうになるのをこらえながら、噛んだ木棒をギリギリと噛みしめ、歯茎は裂け、口から血が滴り胸元を濡らした。
「うぅっ……」
声にならない唸り声を漏らしながらも、龍飛の鋭く意志の強い目が鹿丸に「まだ放すな」と語っていた。激痛に耐えながら、彼は身体をねじり、骨の接合部分を探り、折れた骨を少しずつ元の位置に戻していった。
龍飛はもちろん、見ていた店主や御者ですら耐え切れず目を背けた。娘もおそらくこんな光景は初めてで、唇を噛んで黙って背を向けた。
老人は龍飛の見開いた目と、まるで雨のように流れる額の汗、広がった鼻孔、そして必死に噛み締められた木棒を見て、彼が耐えがたい痛みと戦っていることを悟った。そして薬箱から翡翠色の小瓶を取り出し、蓋を開け、緑の丸薬を一粒取り出して龍飛の口元に差し出した。
「これを飲めば、少しは痛みが和らぐぞ。」
だが、龍飛は首を振った。まだ骨の位置を探っている最中だった。あと少し、もう少しで骨がぴたりと合う――彼にはそれがわかっていた。