三十階に上がり、桐子は左右の通路を見て、この階にある会社が一社だけだと確認してから中に入った。
佳奈は先ほどショートメールで小さな会議があるので、フロントに声をかけて少し待っていてほしいと言ってきたのだ。
「こんにちは、山口佳奈さんをお願いします」
受付は美人の若い女性で、山本志保(やまもと しほ)という名前だった。彼女は桐子を上から下まで眺めた。
「温井お嬢さんですか?」
桐子はうなずいた。
「山口部長はまだ会議中です。応接室でお待ちください」志保は立ち上がり、桐子を応接室へ案内しようとした。
そのとき、黒と赤のボディコンドレスを着た女性が書類を持って正面玄関から入ってきた。大きなウェーブのかかった長い髪をし、セクシーな体つきをしていた。
木下敏恵(きのした としえ)の視線が桐子の上をぐるりと一周した。「面接に来たの?」
「いいえ、山口部長が呼んだカメラマンです」志保は正直に答えた。
彼女は冷たく鼻で笑った。「カメラマン?山口も追い詰められたようね」
一言で佳奈を皮肉り、さらに桐子がこの仕事をこなせるわけがないと明らかに示唆していた。
桐子の表情は変わらなかった。自分が素人だということは言っていたし、佳奈が知っていればそれでよかった。実際、佳奈も本当に行き詰まっていなければ彼女を頼らなかっただろう。
志保は遠ざかる背中を見ながら、ちらりと桐子の反応を観察し、思わず感心した。もし他のカメラマンがこのように能力を疑われたら、とっくに激怒していただろう。目の前の温井お嬢さんのように無表情で、何も聞こえなかったかのようには振る舞えないだろう。
佳奈は会議室から出てくると、敏恵とすれ違いざまになった。空気の中にはまるで火花が散るような雰囲気が充満し、二人は挨拶もしなかった。
佳奈は受付にいる桐子を見ると、険しかった顔が明らかに和らいだ。「桐子、来てくれたのね」
桐子はうなずき、手に持っていたミルクティーを渡した。「はい、あなたの好きな味よ」
佳奈は感動して受け取り、桐子の肩を抱き寄せた。「まず私のオフィスに行きましょう。宣伝用カタログの具体的な事項について説明するわ」
オフィスの中。
桐子は佳奈から渡された資料を見終えて言った。「すごい会社ね」
佳奈は肩をすくめてミルクティーを一口吸い込んだ。「以前は業績不振で資金繰りが悪くて倒産寸前だったの。知昇に買収されてから再び軌道に乗ったわ」
知昇は黒羽市でも数少ない上場企業だ。その台頭は非常に突然で、発展も非常に速かった。現在は主にジュエリーと不動産という二つの高利益産業を手がけている。
広報部の副部長である佳奈はプレッシャーが倍増していた。もし宣伝がうまくいかなければ、間違いなく新製品の売上実績に影響するだろう。
「つまり知昇がすごいのね」桐子は友人の意図を正しく理解したと思った。
佳奈はミルクティーでむせそうになった。「冗談はやめて、今すぐあなたの助けが必要なの」
「できる限りやるわ。でも素人だから、あまり期待しないでね」桐子は佳奈に予防線を張った。
「わかってるわよ」佳奈はまったく心配していない口調で適当に答えた。「まず撮影スタジオを見せるわ。モデルはまだ来てないけど」
「……」
そして、佳奈は彼女を31階の撮影室に案内した。そこはまた、ジュエリーデザイナーの事務所でもあった。
30分後、そのモデルがようやく姿を現した。
モデルの名前はリンダで、黒羽市で少し名の知れた人物だった。これまで撮影した宣伝ポスターがすべて差し戻されたため、何度も無駄足を踏まされ、いくつかのスケジュールもキャンセルしなければならなかったので、機嫌が非常に悪かった。彼女が衣装に着替え、メイクを済ませるのにも1時間近くかかった。
桐子は手のカメラをいじりながら待っていた。これはドイツの有名ブランドで、購入するならかなり高価なものだった。