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章節 11: 闇に揺れる牙

闇の中、三つの影が同時に飛び込んできた。

銀、黒、褐色の毛並みの異なる獣人たち。

低い姿勢から爪と牙を剥き出し、獲物を仕留める獣そのものの速さで迫る。

「チッ──!」

拳志は反射的に身をひねり、最初の一撃を腕で受け止めた。

骨と骨がぶつかり、腕に鈍い衝撃が走る。

次の瞬間には別の影が背後を狙っていた。

振り返りざまの蹴りを受け止めると、体が地面にめり込む。

「速いな……!」

思わず吐き出した声と同時に、三人目の爪が肩口を裂いた。

赤い線が皮膚に浮き、鉄の匂いが広がる。

「拳志!」

アリシアが駆け寄ろうとするが、獣人のひとりがその動きを狙った。

牙をむいて横合いから飛びかかる──

だが、アリシアは両腕を広げ、目の前に結界を展開する。

透明な膜が鋭い爪を受け止め、火花のような魔力が散った。

「ぐっ……!」

アリシアは結界を維持しながら歯を食いしばる。

押し込まれるたびに靴が土を削り、結界の膜に亀裂が走りそうになる。

「姫様、下がって!」

「姫って言うな!」

レインが叫び、印を結ぶ。

だがその手を狙って別の獣人が突進する。

レインは慌てて身を翻すが、追撃が容赦なく迫り、木の幹に背中を叩きつけられた。

「はぁ……っ、ちょ、待って!」

冷や汗をにじませるレインに、獣人の影が覆いかぶさる。

その光景を見た瞬間、拳志の眼に怒気が走った。

「……何、弱いもんばっか狙っとんねん……!」

拳志の拳が地面を叩き割った。

衝撃が大地に走り、土が揺れて石が跳ねる。

地面は唸りを上げるように波打ち、足を踏ん張っていた獣人たちの体勢がわずかに崩れた。

「止まったな……!」

拳志はその隙を逃さない。

最も近くにいた獣人の腕を掴み、振りほどく間もなく顔面めがけて拳を引き絞った。

筋肉がきしみ、拳に熱がこもる。

あと数寸で獣人の顔を砕く──その時。

「やめて!!」

甲高い声が闇を裂いた。

拳志の拳は寸前で止まる。

振り返った視線の先、助け出した獣人の子どもが震えながら立っていた。

頬を涙で濡らし、両手を広げて必死に叫んでいる。

「この人たちは……助けてくれたのっ!」

拳志の腕に、張り詰めた筋肉が震える。刹那の沈黙。

やがて、拳志は鼻を鳴らし、獣人の腕を放した。

獣人たちの表情に動揺が走る。

互いに目を合わせ、やがて先頭のひとりが深く息を吐き──頭を下げた。

「……すまない。我らの早とちりだ」

アリシアは結界を解き、荒い息をつきながら首を振る。

「仕方ないわ。私たちが無断で森に入ったのも事実だから」

レインも肩を押さえつつ苦笑した。

「誤解が解けたら……それでいいですよ」

しかし拳志だけは、納得していなかった。

血のにじむ拳を握り締め、低く唸る。

「お前ら……獣人としての誇りはどないしてん」

言葉に鋭さが宿り、獣人たちは顔を歪める。

「俺らだって必死なんだ。子供を守るために……」

「……だとしてもや」

拳志は吐き捨てるように言った。

「弱いもんばっか狙うんは、筋ちゃうやろ」

静かな空気が流れる。

やがて獣人のひとりが深く頭を垂れた。

「……礼を言う。だがこれ以上は、俺たちの問題だ。子供は我らが里まで連れて行く。お前たちは引き返せ」

そう言い残し、獣人たちは子供を守るように囲んで立ち上がる。

振り返った小さな獣人の子が、涙で濡れた顔を拳志たちへ向けた。

「……ありがとう」

か細い声とともに、小さな手が振られる。

アリシアはそっと頷き返し、レインは胸に手を当てて見送った。

拳志は無言のまま腕を組み、その光景を目に焼きつける。

やがて獣人たちは影に紛れ、姿を消した。

残されたのは、静けさと湿った土の匂いだけだった。

拳志は深く息を吐き、額を拭った。

「……どうするの?」

アリシアが静かに問う。

拳志は前を向き直り、拳を軽く鳴らした。

「決まっとるやろ。行くで」

レインが慌てて声を上げる。

「ま、待ってください!帰れってはっきり言われましたよ!これ以上は本当に危険です!」

「そんなん分かっとる。せやけどな──」

拳志は暗い森の奥を睨む。

「ガキが攫われとるねん。無視して帰れるか」

一瞬、沈黙。

アリシアは目を細め、やがて肩をすくめた。

「ほんっと、バカね。……でも、そういうとこ嫌いじゃないわ」

レインは大きくため息をついた。

「……分かりましたよ。どうせ止めてもムダでしょうし」

三人は足をそろえて、再び森の奥へ歩みを進める。

月明かりを遮る木々の中、空気はさらに濃く重くなっていた。

月明かりも届かない世界。

だが、拳志の背中は迷いなく前を切り開いていた。


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