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章節 14: 静かな侵入、荒々しい突破

夜の森に、獣と人の影がひっそりと溶け込んでいく。

焚き火の明かりはすでに遠く、足元を照らすのは月と、微かに浮かぶ魔術の光だけだった。

レインが前に出て、掌に魔力を収束させる。

「……追跡式、展開します」

指先で印を結ぶと、地面に淡い光の筋が走り出す。まるで獣の勘を可視化したかのように、布切れに残された魔力の粒子が、一本の光の道を描いていた。

「おお……なんやこれ。きれいやな」

拳志が感心したように目を細める。

「見た目は派手ですけど、ただの応用魔術です。痕跡を拾って、なんとか繋いでるだけで」

レインの説明に、アリシアが目を見張り、ガルドも素直に唸った。

「……すごいな。こんな魔術、見たことねぇ」

拳志が、にやりと笑う。

「うちのパシリ、なかなかやるやろ?」

レインがすかさず振り返る。

「パシリって言わないでください」

「でも否定はせぇへんねんな」

「否定してますよ!」

レインは苦笑しながらも、すぐに表情を引き締めた。

「この先に、魔力の空洞のような物があります。自然の流れを乱す、人工の結界です。隠し拠点の可能性が高い」

拳志が、拳を鳴らす。

「ようやった。そっから先は、俺らの出番やな」

「こっちも支援に回るから、無理はしないで」

アリシアが真剣な顔で頷いた。

「了解や。……ガルド、行くで」

「おう。背中、任せたぞ」

森の中を進む一行。レインの光糸が前へ伸びていく。

その合間、拳志が何気なく口を開いた。

「そういや、お前……魔法とか使わへんのか?」

ガルドは少し驚いたように横目で見返す。

「使えないわけじゃねえ。ただ、得意じゃねえな」

「へぇ。獣人って、魔法使えへん種族なんか思てたわ」

「そうでもねぇ。火をちょっと起こすくらいなら誰でもできる。ただ、本格的に扱える奴は少ねぇな。……俺らの種族は特にだ」

ガルドは低く言葉を継ぐ。

「大陸の南の方に、魔術を得意とする獣人の部族がいるって聞いたことはある。けど俺らみたいに腕と牙に頼る奴らとは、暮らしもまるで違うらしい」

拳志が顎をさする。

「獣人はみんな一緒におるんか思てたけど……バラバラなんやな」

「気候も食い物も違うからな。山に適した奴もいれば、海辺に根を張る奴もいる。世界中に散らばってんだ」

ガルドの声が一瞬だけ沈む。

「……人間にとっちゃ、俺たち獣人と魔物の境目なんざ曖昧なんだろうな」

その言葉に、アリシアとレインの表情がわずかに揺れる。

アリシアは唇を結び、レインは言葉を探すように視線を落とした。

すぐにガルドが首を振る。

「すまねぇ。お前らのことじゃねえ。人間全員がそうってわけじゃないのは分かってる。ただ……まだ偏見が残ってんのも事実だ」

アリシアは一歩前に出る。

その横顔は凛として、声は揺れなかった。

「……だからこそ、私が変えてみせる。王国も、人と獣人の関係も」

拳志は少しだけ目を細め、鼻を鳴らす。

「……なんや、根は深そうやな」

その空気を切り裂くように、レインの光糸が前方で揺れた。

「……見えてきました。結界の綻びです」

そこには、自然の中に不自然にぽっかりと空いた何もない空間。視認できない結界が存在していた。

レインは結界の縁に手をかざし、目を細める。

「……ほんの僅かですが、綻びがあります。ここから突破できます」

「綻びって……穴が空いとるってことか」

「正確には繋ぎ目ですね。力で壊すとバレますが、僕の魔術でそこだけをずらせば、音も気配もなく通れます」

拳志が小声で笑う。

「ようわからんが、とにかく行けるんやろ? ほな、行くだけや」

拳志が呟き、先に潜り込む。

ガルド、アリシア、レインも続いた。

木々の隙間から覗くその先に、小さな砦のような構造物が現れる。

周囲を無言で巡回する黒装束の兵士たち。

「……何やあいつら」

重い空気が、肌にまとわりつく。

兵士たちの動きは異様に整っていて、まるで感情というものが存在しないかのようだった。

ガルドが小さく舌打ちする。

「気味悪ぃな……まるで人形だ」

拳志は気配を殺しながら、一歩前に出る。

「気配も、呼吸もない。けど……力だけは、感じるな」

レインが手を掲げ、魔力の流れを読みながら呟いた。

「まずは攫われた人たちを──」

「後や後!我慢できへん!」

拳志は返事も聞かず、獣のように駆け出した。

その拳がうなる。

「ッらぁああああ!!」

黒装束の兵士が、木の幹ごと吹き飛ぶ。

ガルドもすぐさま続いた。

「まったく……無茶苦茶だな!」

疾風のように走り抜け、二体の敵を一閃で斬り伏せる。

その様子を見て、アリシアが大きく息を吐き、目を見開いて叫んだ。

「……ちょっと!2人とも作戦って言葉、知ってる!?」

レインは小さくため息をつきながら、それでも落ち着いた口調で応えた。

「大丈夫です。……あの二人が突っ込むのは最初からわかってました」

「え?」

「敵の目は、もう完全にあっちに向いてる。こっちが動くなら、今です」

レインは布切れに込めた魔力を再展開し、周囲を索敵するように地面へ手をかざす。

「攫われた獣人たち……僕たちで、解放しましょう」

アリシアが驚きの顔のまま、すぐに頷いた。

「……ったく、あなたも大変ね、レイン」

「はい……でも、急がないと」

レインは顔を引き締め、すぐに地面へと意識を向けた。

指先から放たれた魔力が、再び地を這うように走る。

けれどその奥で──

まだ別の気配が、じっと彼らを待ち構えていた。


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