赤い大地が白い大地に変わった。村の南部、見える範囲が白い丘になった。全て赤枯草を魔法で焼いた結果だ。
やりすぎたかな?
恐る恐るアンスルの方を見ると、彼女は満面の笑みだった。
「十分よ! 赤枯草の生命力は凄いから、どんどん広がるの。見える範囲全部なくなるくらいでちょうどいいわ!」
大丈夫だったらしい。
『フロウラが何度も生育するということは、土地に魔力はあるが栄養分がない証拠です』
じゃ、これは毎回やらなきゃいけないな。
「次はこの灰を地面に混ぜ込んで耕すのだけれど……」
俺は地面に両手を突っ込んだ。
「インフォ、やってみせてくれ」
『了解しました。耕作魔法、行使』
そんな魔法あるんだ……と思ったら、凄い勢いで目の前の地面が撹拌された。
灰と土が見事に混ぜ込まれた、柔らかな地面があっという間に完成する。学校のグラウンド一枚分くらいの範囲かな。
『ポイントは風の魔法も組み合わせたことです。地面の中で土を操りつつ、風で一気にかき回すのです』
「複数の組み合わせもあるってことか」
ちょっと移動して、地面に手を突っ込んで真似をしてみる。
途端、噴水みたいに地面が爆発した。
「もしかして、ヴェルも慣れない魔法を使っているの?」
見守っていたアンスルが聞いてきたので頷く。
「ありがとう。私達のために、頑張ってくれて」
優しく慈しみに溢れた笑みと共に礼を言われた。さすがは王族、顔が良い。お礼一言でなんか得した気分になる。
『アンスル様はカリスマがあるのかもしれませんね』
「わかるのか?」
『いえ、推測です。謀殺されてもおかしくない状況にエミリ様が命がけで付き従っておりましたし、村人にも好かれています』
そうだな。慕われてる。前は違ったらしいけど、今はすごくしっかりした雰囲気もある。
耕作魔法はちょっと練習に時間がかかりそうだな。アンスルは村の中で仕事をしてて貰おうか。
複数の魔法の組み合わせは感覚を掴むのが大変そうなのだ。
意志を伝えると、アンスルはすぐに了承してくれた。
「わかったわ。エミリと一緒に今後のことを相談しておく。よろしくお願いね。あと、疲れたらちゃんと休んでね」
笑顔と共にそんな言葉を残し、アンスルは村の中に戻った。
疲れね。ロボにあるのかな。
『魔力の消耗で稼働に支障が生じます。現在の残量は八パーセントです』
「ギリギリじゃないか。充電できないのか?」
『屋敷地下の設備で可能です。ご安心を、現状の残量でも十年は稼働できます』
そうか。凄い体だな、これ。
『戦闘モードを頻繁に起動すれば一ヶ月です』
ちゃんと解決しよう。バッテリー問題。
そう決意しつつ、俺は耕作活動に戻った。
●
畑がだいたい出来上がった所で、屋敷に戻ると昼食を終えたアンスルに呼び出された。
執務室に入ると、エミリと共に、難しい顔をして地図を見つめている。しばらくはこれが続くだろうな。なにせ、何もないに等しいわけだから。
さて、次は何をすればいいだろうか。
「ありがとう、ヴェル。何か、貴方にお礼ができれば良いのだけれど」
顔を見るなりアンスルがそう言ってくれた。お礼か、この体で貰って嬉しいものってなんだろう。差し当たっては魔力かな。
「魔力が欲しいの? 私のならあげるけれど……」
そう言いつつ、アンスルがこちらに手を出してきた。
『手を握ってください。直接、魔力の供給が可能です』
「こうか?」
右手をとって握手すると、アンスルと俺の体がうっすら輝く。光がきらめきながら、俺の方に流れてくる。
「貴方は魔力が食事なのね。足りるのかしら?」
何が起きたか理解したアンスルが言う。横のエミリは驚いている。急に光ったからか。
「多少は足しになったのか?」
『エネルギー量としては微量です。しかし、アンスル様の魔力を分析できました』
「分析?」
『はい。彼女は私達の時代基準で見ても、大量の魔力を保有しています。また、回復魔法に偏った性質のようです。攻撃魔法のみならず、建築などに使うものも苦手でしょう』
「お、おう」
『この魔力の性質の持ち主は、非常に頑固。優しい性格をしていますが、こだわりが強く、覚悟を決めると非常識な行動を取ります。恋愛に関しても束縛する傾向が多く、嫉妬深いことが……』
「性格占いみたいになってきたな……」
なんか、プライバシーを侵害したみたいで申し訳ない気分になってきた。
とりあえず、アンスルに軽く頷いておく。後で地下でちゃんと充電したいな。
「そっか。あの地下の遺跡が貴方のベッドなのね。疲れたらいつでも休んでね」
にっこりと笑いかけて、了承された。嫉妬深いとか束縛とか程遠い笑顔だ。
休憩は夜にとるとして、次の仕事だ。まだ午後になったばかり、仕事はできる。
俺の意志を受けて、アンスルがエミリの方を見る。
「エミリ、次は水路をお願いしてはどうかしら」
「可能ならば、是非」
言いながら、エミリが地図の中、村の東側に流れる川を指差す。
「ヴェル様の魔法で水路の作成をお願いしたく思います。農作物の水やりのため、この川を使っているのですが、距離が遠い上、魔物に襲われる危険がありました」
村の井戸は水量に不安がありますので、と付け加えつつテキパキと説明が続く。
「村よりやや上流より水を引いて、畑を通り、また川に戻る水路をお願いしたいのです。私達からすると、喉から手が出るほど欲しい設備です」
地図の縮尺はわからないけど、実際やるとかなりの工事になる話だ。生きるのに精一杯の開拓村では不可能な事業だろう。同時に、是非とも欲しい設備に思えた。
「できそうかしら、ヴェル?」
心配そうにこちらを見上げてアンスルが聞いてくる。
これはインフォに聞かなくてもわかる。可能だ。城壁作りの応用でいける。
だけど、どうせならもっと良い感じにしたい。
俺は地図を指差しながら、思いついたアイデアはアンスルに伝えた。
「えっと、間に貯水池を作るの? 村の北側と南側に?」
単純に水路を作るだけじゃなくて溜め池を作る。ただ水路を作るよりも、水を溜めておく設備もあった方がいいだろう。
「たしかにその方が良いですね。しかし、ヴェル様の負担が」
この程度なら大丈夫だ。
『残魔力量的にも問題ありません。水路のみよりも有効な案かと思います』
インフォもこう言っている。
「じゃあ、ヴェル。貴方の好きなように作ってちょうだい。勿論、無理のない範囲でね」
領主の許しが出たので、早速俺は水路づくりのため、村の外に出た。
フロウラに草で赤い大地を北東に歩くこと十五分ほど、川についた。割と河原が広い。中流ってところだろうか。遠くに山が見えるけど、エリアナ村って平地にあるんだな。普通なら、一大農業地帯なり、町が出来てて栄えてもおかしくなさそうだ。
「さて、始めますか。先生、お手本をお願いします」
『了解。水路を作る魔法を行使します』
今回もインフォをお手本にしてから、魔法の練習だ。
作るのは幅一メートルほどの水路。城壁を作るのに使った魔法で、U字溝のような構造を連続で作っていく。
いきなり水を引くと困るので、川から少し離れた場所から工事を開始。
真っ直ぐ西に向かって、微妙に傾斜した頑丈な溝が一気に作り出される。
重機よりも早い。魔法で景色を作り変えるのは、正直楽しい。
『では、これを見本に頑張ってください。貯水池も応用で作成できるかと』
「よーし、やるぞー」
土魔法を連続で行使。たまに地面を変な形にしつつも、水路をどんどん作っていく。
方向や角度はインフォがちゃんと教えてくれるので安心だ。
西に向かって水路を作り。村のほぼ北に来た所で貯水池を作成。教室くらいの大きさの穴にしてみた。落ちて脱出できないと困るので、傾斜と階段も付けておく。こういう池はゴムのシートが貼ってあったりするものだけど、そんな便利なものはない。水路用の土魔法は水が染み出さないようなので、それを信じる。
この日の午後いっぱいかけて、水路と貯水池は完成した。
水が流れてくる瞬間を見た村人達は歓声を上げていた。泣いてる人もいるくらいだ。これで、畑仕事をしやすくなるはずだ。
頑張りすぎて魔力の残量が心配になったので、この日は遺跡の地下で充電……魔力補給モードで休止した。