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伊藤藍子の言う通りだ。これからは彼女のアトリエと、私は無関係になる。
私はそもそも彼女の正式なマネージャーではなく、ずっと夫という立場で彼女の仕事を切り盛りしてきた。
でももうすぐ、その立場も失う。
翌日、オフィスに荷物を整理しに行った。
ちょうどアトリエのマネージャーが藍子を説得しているのが聞こえてきた。
「伊藤嬢、昨日は感情的になりすぎました。この数年間、アトリエの仕事はご主人が東奔西走してくださっていたのに、もし彼が本当に意地を張ってアトリエに来なくなったら、これからの展覧会は大混乱になってしまいますよ」
藍子は鼻で笑った。「彼は私の光を浴びていただけよ。展覧会が成功するのは、すべて私の才能のおかげなの」
「彼が来なくても、誠一に彼の仕事を任せればいいわ。雑用なんて、誰がやっても同じよ!」
藍子は何かを思い出したように、さらに付け加えた。
「でも誠一は彼とは違うわ。誠一は気位が高くて、おべっかを使いたがらないから、接待には参加させないで」
本来ならマネージャーと仕事の引き継ぎをするつもりだったが、今となっては必要ないようだ。
そのとき、WeChat(微信)の通知音が鳴った。
パリからの連絡で、ビザの手続きが完了し、いつでも出発できるとのことだった。
私は直接家に帰り、荷造りを始めた。
荷造りの途中、藍子が突然帰ってきた。さらに驚いたことに、鳩のスープまで持ってきていた。
私は既に開封された食品安全シールと、ほとんど底が見えているスープを見た。
そのまま残飯をゴミ箱に捨てた。
藍子は怒りかけたが、残りわずかなスープに目をやると、さすがに後ろめたさからか怒りを収めた。
「誤解しないで、食べ残しじゃないわ」
彼女は明らかに忘れていた。私が鳩のスープにアレルギーがあることを。
かつて、藍子が若くして成功し、若気の至りでライバルに挑発したとき、相手が彼女の手を潰そうとしたのを、私が身代わりになって刃を受けた。
私の傷が早く治るようにと、彼女は鳩のスープを買ってきてくれた。
しかしそのスープのせいで、私はあやうく命を落とすところだった。
当時、私が救命室にいた間、藍子は外で膝をついて待ち続けた。彼女は天に誓った、二度と私に鳩を近づけないと。
だがこのような骨身に染みた経験も、結局は時の流れに洗い流され、痕跡すら残らないものなのだ。
おそらく私の異常な静けさが藍子に不安を感じさせたのだろう。
彼女は私の後ろをしばらく行ったり来たりした後、珍しく自分から弱みを見せた。
「今日のことは私が感情的になりすぎたわ。人前であなたの顔を潰してしまった。でも私がアトリエの主人なの、公平公正でなければ、理で人を服させることができないでしょう」
「本当はアトリエに口出しするなと言ったわけじゃないの。あなたがこっそり誠一に謝りに行けば…」
「ちょっと通してください」
私は彼女の言葉を完全に無視し、バスルームに入って日用品を集めた。
藍子の言いかけた言葉は喉に詰まったまま、見知らぬ無力感が彼女の心に押し寄せた。