「斎藤詩織、俺に手を出させないでくれ。」
彼と彼女の間には、夫婦としての情など微塵もなかった。
昔の恋情を懐かしむこともなかった。
詩織は嘲笑うように笑いながら彼の前に歩み寄った。「ダーリン、私にどう対処するつもり?ねぇ、聞かせて、私が怖がるかどうか見てみなさいよ……」
彼女はわざと彼の肩に手を置き、軽薄な口調で言った。
「うせろ、触るな!」颯真は眉をひそめ、嫌そうに詩織を押しのけた。
彼女は彼に近すぎた。
香りを帯びた息が彼の顔にそっと吹きかけ、羽毛でくすぐられるように、彼の全身を不快にさせた。
詩織が着ていたバスローブはもともとゆったりとしており、腰ひもだけで留められていたが、颯真に押されたことでひもが緩み、襟元が大きく開いた。片方の肩からはすでに滑り落ち、大きく白い肌が露わになっていた。
颯真の耳が突然赤くなった。
彼は居心地悪そうに顔をそむけ、詩織のちらりと覗く春色から目を逸らした。
詩織はバスローブを引き上げ、颯真の赤くなった耳を見て口元を歪めた。
これは照れているの?
彼にはがっかりしているけど、照れた颯真がかわいいのは否定できない。
かわいすぎて、からかいたくなる。
詩織は颯真の前に歩み寄り、身をかがめて彼と視線を合わせ、わざとバスローブの襟元を大きく開いたままにした。
「私に対処するんじゃなかったの?なぜ私を見ることすらできないの?何に後ろめたさを感じてるの?小林颯真、私を見てよ!」
彼女の声は柔らかく、笑みを含み、誘惑するような息が颯真の顔をかすかに撫でた。
「見れないだと?冗談じゃない。」颯真は後ろに身を引き、詩織との距離を取った。
「じゃあ見てよ!」詩織はわざと颯真に近づいた。
彼が困れば困るほど、彼女は嬉しくなった。
颯真は歯を食いしばった。「見るほどのものがあるのか?」
「私を見れないのは、自分を抑えられなくなって私に恋してしまうのが怖いから?」
「ふん!」
彼がこんな悪辣な女を愛するはずがない。
見るなら見る、彼にできないことなどない。
颯真が顔を向けると、ちょうど詩織の大きく開いた襟元が目に入り、感電したように震えた。
彼は再び顔をそむけ、今度は首まで赤くなった。
「きれい?」詩織は目を細めて笑った。
「恥知らず。」
颯真はとても居心地が悪かった。
全身が落ち着かず、手の置き場さえわからなくなっていた。
「あなたは私の夫でしょ。あなたに見られただけで恥知らずになるの?あなたと寝たいと思っても、それは法律で保護されてるのよ。」
詩織は笑いを噴き出した。颯真がこんなにかわいいなんて。
彼をからかうのはとても楽しい。
悪い気分は一瞬で吹き飛んだ。
「試してみる?もっと恥知らずになれるわよ。」
彼女はそう言いながら、颯真の膝の上にどっかと座った。
堂々と颯真に触れた。
結婚三年間、彼女はずっと分を守ってきたが、今は羽目を外したかった。
颯真は彼女を押しのけようとしたが、彼女は彼の首にしっかりと腕を回し、全身を彼の胸に押し付けた。
紫月が颯真が彼女にセクハラされているのを知ったら、怒りで吐血するかもしれない。
考えただけでスッキリした。
「離せ。」
他の場所に手を下すことができず、颯真は詩織の腕をつかんで引き離そうとするしかなかった。
赤面した颯真には全く威厳がなかった。
無害な様子に、詩織は恐れを忘れていた。
「嫌よ!」