「走れ走れ、俺らがお前の旦那のところに連れて行ってやるよ」数人のチンピラが言いながら斎藤詩織に手を伸ばした。
彼らの手が詩織に触れる前に、強い力で押し返された。
小林颯真が腕を回して詩織を自分の胸に引き寄せ、しっかりと抱き止めた。
チンピラたちが騒ぎ始めた。「離せよ、俺らが先に見つけたんだ、返せ」
江口は内心で冷や汗をかいた。どうやらこのチンピラたちは自分の社長までも泥酔した女を漁る人間のクズと勘違いしているらしい。
誰がスーツにネクタイでバーに来て酔っ払いを拾うんだ?
目が見えてないのか!
颯真は詩織を抱く腕に力を入れ、低い声で宣言した。「彼女は俺の妻だ」
こんなにも自然に「妻」という言葉を口にした自分に颯真も少し驚いた。
「彼女は俺の妻だよ、早く離せ、俺の妻を家に連れて帰ってベッドで転がすんだ、ハハハ!」チンピラが傲慢に大笑いした。
颯真はふらふらしている詩織を抱き上げて出口へと向かった。
チンピラたちが追いかけようとしたが、江口に阻まれ、きつい制裁を食らった。
颯真は詩織を後部座席に投げ込み、嫌そうに彼女の頬を叩いた。
眠りを邪魔された詩織は体を翻し、夢うつつの声で「旦那様…」と呟いた。
この柔らかな「旦那様」という声を聞いて、颯真は眉をひそめた。
彼と彼女はそれほど親しくないはずだが、なぜこんなに親密な呼び方をするのだろう?
江口はすぐに山口奈々を肩に担いで降りてきて、助手席に放り込んだ。詩織は広々とした後部座席を独り占めしていた。
颯真が後部座席に座ると、詩織は自然と彼の上に這い上がってきた。
彼の膝を枕にしてぐっすりと甘い眠りについている。
颯真が何度も彼女の頭を押しのけても、彼女は懲りずに這い上がってくる。
押したり這ったりを繰り返しながら、ようやく家に到着した。
颯真は自分にしがみついて離れない詩織をタコのように見下ろし、仕方なさそうに唇を引き結んだ。
江口が颯真が詩織を押しのけるだろうと思った瞬間、彼は意外にも詩織を抱き上げて、足早に家の中へ向かった。
江口は助手席の奈々に目をやりながら慌てて叫んだ。「奥様のお友達はどうしましょう?」
「適当に頼む」
「社長、何をしてもいいんですか?」
「うせろ!」
山口奈々はなかなかの美人だが、江口は悪い考えがあっても実行する勇気はなかった。