藤田おばさんが山崎安奈をエレベーターの中に押し込んだ。
詩織はいつものように甘い笑顔を浮かべていた。顔色の憔悴と蒼白さは隠せないものの、「体調は良くなった?」
詩織から積極的に話しかけてきた。まるで過去の恨みなどとっくに水に流したかのようで、安奈を恨んでいるとは思えなかった。気遣いのこもった挨拶の声は少しかすれていて、鼻にかかっていた。
和也は車椅子のハンドルを握る指の関節が白くなるほど力を入れていた。車椅子に座っている詩織が何かを知ることを恐れているようで、低くかすれた声で言った。「価値のない人のために無駄な言葉を使うな。お前の喉はまだ治っていないんだ」
「和也、大丈夫よ、そんなに心配しないで」
エレベーターの中で、安奈は黙って二人の会話を聞いていた。エレベーターが開くと、彼らの去っていく背中を見つめた。
安奈が橋本家に嫁ぐ前から、詩織が和也の元恋人だということは知っていた。4年もの長い交際の末、価値観の相違で別れたのだ。
当時、和也は結婚して子供が欲しいと思っていたが、詩織は自分のキャリアを追求したいと考えていた。二人が別れている間に、山崎家の人々が安奈を和也のベッドに送り込んだのだ。
当時、海外にいた詩織は激怒したが、理想とするキャリアのために一晩考え、最終的に帰国しなかった。そして今、キャリアを確立した彼女は、自分のものだと思うすべてを取り戻すために帰国したのだ。
昼食後、安奈はベッドの上に小さなテーブルを置いて字の練習をしていると、突然ドアが開いた。
藤田おばさんだと思ったが、顔を上げて見てみると、詩織がドアのところに立っていた。彼女は一人で来ており、顔には得意げな表情が見て取れた。
詩織は彼女のお腹を見つめて言った。「信じられないわ、あなたとあなたのお腹の中の卑しい子が、こんなに運がいいなんて」
池に引きずり込んで、雨の中で長時間ひざまずかせたのに、その卑しい子はまだお腹の中で無事だった。
詩織はわざわざ和也が病院にいない時間を選んで安奈を訪ねてきたので、このように好き放題言えたのだ。
「でもたとえ妊娠したとしても、どうなるっていうの?和也は相変わらず、あなたという唖者を一目も見ようとしないわ!」
詩織の言葉から、目の前の女性がわざと病室に来て自分を刺激しようとしていることがわかった。
妊娠のせいで、安奈の瞳には母性の優しさが加わっていた。そしてその優しさこそが詩織の目に留まった。
続いて、詩織は安奈に近づき、嫌悪感たっぷりの目で彼女のお腹を見つめた。安奈が警戒していない瞬間、手を伸ばして安奈のお腹を押そうとした!
「あなたはただの唖者よ、何の資格があるのよ!」
安奈は反射的に自分のお腹を守り、赤ちゃんが傷つかないようにした。全力で詩織の手を払いのけた。
詩織はよろめき、太ももがベッドの角に当たって痛みに顔をしかめた。ちょうど怒りを爆発させようとしたとき、病室の外から聞き覚えのある足音が聞こえてきた。彼女の表情はすぐに変わり、そのまま倒れ込んだ。
「あぁ、痛い…」
そのとき、それまで静かだった足音が急いだものになり、すぐに病室に現れた。
和也は急いで詩織を助け起こし、眉をひそめながら冷たい声で言った。「どうした?」
詩織は目を潤ませ、とても傷ついたように見えたが、それでも寛大な様子を装い、小さな声で言った。「大丈夫よ、私が悪いの。足元がふらついて転んだだけ」
しかし和也は鋭い視線を、唇を噛みしめ顔色の青ざめた安奈に向けた。「山崎安奈、お前はまた詩織を傷つけようとしたのか!」