章節 3: 第 3 話
今が夏なのかどうかは分からない。だが、空は容赦なく照りつけ、気温もぐんぐん上がっていた。
森の中をかき分けるように進むシオンは、聖剣を力いっぱい振るい、行く手を遮る雑草や枝を次々と斬り払っていたが、いつの間にか息が上がり、汗びっしょりになっていた。
「暑い……」
シオンはぐったりと呻いたが、それでも足を止めずに進み続けた。
というのも、森の奥深くへ進むにつれ、彼の中で不穏な気配がどんどん強くなっていたからだ。
「……鳥も獣も、鳴き声ひとつしない」
胸騒ぎのような感覚が拭えず、シオンはこの場所から一刻も早く離れたいと思い始めていた。
その悪い予感は、やがて確信へと変わり始める。
――その時だった。
突然、シオンの脳内にひとつのメッセージが浮かび上がった。
『スキル獲得——《敵感知》——習得しますか？』
「……新しいスキルって、こうやって手に入るのか？」
驚きつつも、シオンは一切の迷いなく「習得する」を選んだ。
その瞬間、胸騒ぎがまるで警報のように変化し、彼の頭を貫いた。
ズキンと頭が痛み、背中に冷たい汗が走る。何かを本能的に察知したシオンは、咄嗟に振り返り、空を見上げた。
「――ッ！」
風を切る音が、突然、頭上から襲いかかってきた。
「ドガァッ！」
鈍い衝撃音が炸裂する。
まるで山のような質量に全身をぶつけられたかのように、シオンは呻き声をあげる暇もなく、吹き飛ばされた。
まっすぐ飛ばされたその体は、木の幹に叩きつけられ、幹ごとへし折った。
「ぐっ……！」
ようやく胸に鈍痛が走り、シオンは短くうめいた。
『スキル獲得——《物理耐性》——習得しますか？』
再び脳内に響くメッセージ。しかしシオンの頭はまだ真っ白だった。
「……今のは、一体……？」
「なにが、起きた……？」
「……襲われたのか？」
幹からずり落ちて地面に転がるシオンは、何が起きたのか理解できずにいた。
不思議なことに、あれだけの一撃を受けたにも関わらず、大きな怪我ひとつなかった。ただ、胸が少し苦しいだけ。
そして、ようやく意識が戻り始めたシオンは、《敵感知》スキルのおかげなのか、自分を襲った存在の気配をはっきりと捉えた。
彼は急いで立ち上がり、その方向を睨みつけた。
――そして、固まった。
目の前に広がっていたのは、現実を超えた光景だった。
「グギィッ！」
不気味な鳴き声が、森の上空に響き渡る。
巨大な黒い影が、空から降ってきた。
それは――鳥だ。
だが、普通の鳥ではない。
全身が漆黒に染まり、蛇のような胴体、鳥の翼、そして人間の顔を持った、異形の怪鳥。
翼を広げるだけで十メートルはあるだろうその巨体は、異様で、邪悪で、ただただ恐ろしかった。
先ほど、シオンを吹き飛ばしたのは、間違いなくこの怪鳥だった。
そして今、その血走った目でじっとシオンを見据え、決して逃がさないという意思を伝えていた。
「……はははっ」
思わず、シオンは笑った。
仕方がない。
「転生して、女神に会って、いきなり異世界に送り込まれたと思ったら、こんな魔物に襲われるって……」
この展開――
「どこまでベタなんだよっ！」
「グギィィッ！」
シオンの叫びと怪鳥の鳴き声が同時に響き渡った。
次の瞬間、怪鳥が再び漆黒の影となって、シオンに突撃してきた。
「……！」
《敵感知》スキルがけたたましく警告を発し、シオンはとっさに身を投げ出し、横へ転がった。
「ドガァッ！」
怪鳥が突進してきた場所には、さっきシオンがぶつかった木があったが、今度は完全に砕け散り、木屑が空を舞った。
『スキル獲得——《回避》——習得しますか？』
転がりながらも、シオンの脳内にはまたしてもメッセージが響く。
「習得する！習得するに決まってる！」
迷う余地などなかった。
命の危機に直面している今、このスキルはまさに救命綱。
シオンは、さっきの《物理耐性》と今回の《回避》、両方のスキルを即座に習得した。
「グギィィィッ！」
一方、木を砕いた怪鳥は、再び上空へと舞い戻り、シオンに対する怒りをそのまま叫び声にしてぶつけた。
そして――口を開いた。
雷光がその口から放たれた。
目が焼かれるかのような閃光が襲いかかり、起き上がりかけていたシオンの視界を白く染めた。
「ドォンッ！」
雷撃がシオンのいた場所を直撃し、爆風が巻き起こる。
シオンは再び吹き飛ばされ、地面を転がる。
『スキル獲得——《魔法耐性》——習得しますか？』
またしてもスキル獲得。
「げほっ……！」
転がりながら咳き込みつつも、シオンは迷わずそのスキルを習得した。
今回も、直撃を受けたはずなのに、彼の身体には致命傷がなかった。ただ、全身がズキズキと痛むだけ。
この時点で、シオンもようやく確信に至る。
「……これは、聖剣の力だな」
埃まみれで地面に転がるシオンは、手にした聖剣を見つめる。
その刃は、最初に見たときと同じく、まばゆい光を放っていた。
すべてのダメージを99％カットするという聖剣の効果――。
おそらく、それがシオンをここまで無傷で保っているのだろう。
「グギィィィッ！グギィィィッ！」
空の上で、怪鳥は怒り狂って叫び続けていた。
何度も攻撃しているのに、相手が倒れないどころか、血の一滴も流れていないのだから当然だ。
ついに、怪鳥は全身から凶悪な気配を放ち、シオンに向けて突撃してきた。
その姿を見て、シオンの中にも闘志が沸き上がる。
「なめんなよ……！」
悪夢のような影が空から降りてくる。
シオンは聖剣を握り直し、よろよろと立ち上がった。
「キィィィン！」
煌めく光を纏う聖剣が、突如として眩い輝きを放つ。
その刃から流れ込む力が、シオンの体を貫いた。
そして――
『スキル獲得——《両手剣》——習得しますか？』
当然、シオンは即答した。
「習得する！」
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