右手を髪にあて無造作に髪を引っ張るとブチブチと音を立て髪が引き千切られる。千切られた髪が雷を帯びると見る見るうちに黄金色の輝くクナイとなる。
「ハァッッ!」
輝く鋼となった数本のクナイが四人の腹部に向かって襲いかかる。
「――!」
「がっ!」
「うっ」
「なん」
あまりの痛みに四人が呻き声を上げると崇徳童子が再び髪に手をかける。
「致命傷にはほど遠い。鬼次郎さんを貶した罪、百の悲鳴で贖え」
「「「「うぁぁぁぁ!」」」」
※※※
翌日。兵の詰所では血相を変えて報告する部下と渋い表情をしながら怒鳴り散らす上官の姿があった。
「な、何!? 繭が無くなっているだって?」
「はい! 冒険者組合より苦情がきています」
上官はまるで兵が失態を犯したかのような剣幕である。あまりの上官の興奮に兵はすっかりと怯え切っていた。そんな兵の様子を察したのか声のトーンを落とした上官が兵に声をかける。
「いや、すまなかった。お前が悪いわけでは無い。冒険者が派遣されるまで辺りを封鎖し見張っていなかった私の責任だ。冒険者組合より何か他に報告は来てなかったか?」
「はっ! 僅かながら魔力を使った形跡があったと! それと――」
「それと何だ!」
「繭の封印はできなかったが、冒険者の派遣費用は上官殿に請求するそうです!」
「……くっ!」
上官は歯を食いしばるとその場で二度三度と地団太を踏む。最後にその場にあった椅子を蹴り飛ばすと気持ちが落ち着いたようで盛大にため息を付く。
「それにしても今日は兵の数が少なくないか?」
「そういえば何人か無断欠勤をしている者がいるようです」
「まったく、こんな時に。後で宿舎に行って問い詰めておけ。それよりも我らも繭の行方を探さなくてはならない。詰所で暇にしているものをまとめ捜索に向かう!」
「はっ!」
兵が詰所の奥に向かうと上官は視線を落として考えに耽る。
(街が滅びなかったのは良かった。しかし、繭の中身はどこへ行ったのだ? 消滅してくれれば良いのだが……いや、間違いなく外に出たと考えるべきであろう一刻も早く繭の中身を追わなくては……)
※
「汚い。空気は淀んでるし、光が差し込んでこない!」
黒と白のボーダーの部厚いシャツに七分丈の濃紺のパンツ。額の上に結われた髪を気にしながら肩口近くまで伸びた髪をクルクルと指に巻き付けている。
「だ、旦那。街に戻るわけにはいかねえですし。ここは滅多なことながければ人が来ることありません。あの騒ぎを起きた後に街に戻るわけにはいかないでしょ?」
砦が放棄され数十年が経つ。森の奥に建てられた砦は利便性が悪く、周りに何もないことから人が近づくことはない。
廃墟マニアの変わり者がここまで来ることはあり得るかもしれないが、魔物に襲われるリスクをおってまでデルメルデス廃砦に来るものはいないだろう。
「元はといえばお前らが俺を売り飛ばそうとしたからじゃないか。しかも鬼次郎さんのことを馬鹿にしやがって」
「ちょ、ちょっと待ってください。売り飛ばそうとしたのは間違いありませんが、鬼次郎さんを馬鹿にしたっていうのは誤解だってわかったじゃないですか」
怯えながらコランダが確認を取るとすぐ後ろに控える三人も激しく首を縦に振る。
「そういえばそうだったな。もし鬼次郎さんを馬鹿にしていればお前たちはここで生きていないからな。……それにしても俺たち妖怪は忌物なんて言われているのか。俺は普通に異世界に転生したかっただけなのにとんだ迷惑な話だ」
「兵も崇徳童子さんの繭を大層恐れていました。かつての五十年前の忌物は街一つを跡形もなく消したと言われています。そんな繭が消えたのです。皆は繭の消失に怯えているはずです。し、しかし、痕跡は残さず来ましたし、詰所にいた俺達にコンタクトをとった証人は《既にこの世におりません》。ここに崇徳童子さんを追ってくるものはいないと思います」