ハサンの合図で隠れていた兵士全てが姿を現す。その数は崇徳童子が言い当てた通りちょうど十三人。槍を持ち、その穂先を崇徳童子に向け威圧している。
「うむ。ここにいる者からは大した力は感じない。仲間を隠した能力に驚いたのだが……その主はいないのか? 俺の仲間はどこにいる?」
「そ、その前にその面を取れ、名乗ってもらおうか!?」
怯えた声ではあるが低い威圧した声。ハサンも覚悟を決めたのかその手には腰から抜いたブロードソードを持っている。
「……面は取らん。名のりもしない。しかし、一つだけ教えておいてやる。俺はお前たちがこの間見つけた繭の中から生まれたものだ」
「――!?」
ハサンの声にならない声が上がり槍の穂先を向ける兵士に動揺が走る。
「お前があの繭の中身だと言うのか?」
「ああ。俺はあの繭から産まれたところをあの四人に保護された」
「保護だって!?」
「早く三人を解放してもらおうか……。それと、あの三人を捕らえた術士、もしくは道具を見せてもらおうか?」
長い沈黙が流れ、その場にいる兵の背中に一筋の汗が流れる。
「あの三人は開放する。しかし、術師は関係ないだろう。我々は三人を解放し、この場を後にする。ここでは何もなかった、我々は何も見なかった……それでよいだろう」
「駄目だ。術師に会わせろ。それともこの場にいる者を一人一人殺しながら術師が出るように促さなくては応えてくれないのか?」
「ぬぅ。しかし」
「――良いんですよハサンさん」
今まで何もなかったはずの暗闇に一つの橋がかけられるとその先から一人の女が現れる。光を弾き返す程の美しい濡羽色の髪をバレッタで一つにまとめ、切れ長の目は視線を合わせた者を魅了する。女は冒険者が身に着けるような革の胸当てをし、先端に小さい宝石をはめ込んだ杖を持っていた。
女が暗闇から足を踏み出すとその先にはこれまた先ほどまで存在しなかったはずの一平、三太、コランダが地面に横たわっていた。
「げっ! お前は!」
「憶えていてくれたのですね。ここまで出向いただけのことはありました」
女は視線を下げ瞳を潤ませる。しかし、その様子に反して崇徳童子はあれ程の威圧感を放っていた男とは思えない間の抜けた声を上げていた。
「お、俺は――」
「ハリエットさんは私達兵士に善意で協力してくれただけだ。頼む! 危害を加えないでくれ」
「ハリエット!? 善意だと? ど、どういう……いや、そ、そうだな。分かった。では俺はこの場から去ることにしよう」
崇徳童子は地面に転がる三人を担ぎ走り出す。あまりにあっけない幕引きにハサンは緊張の糸が切れたのかその場に座り込むとハリエットに視線を送る。
「そうですか。繭から出てきたのはあの方でしたか……」
血で濡れたような深紅の唇に舌なめずりをするとハリエットは暗闇の中に消えた崇徳童子に熱い眼差しを送り続けた。
※
先日の騒ぎから三日が経った。橋女が訪れて以降、崇徳童子はご機嫌斜めである。
誰も話しかけらるような雰囲気ではなく、時間が解決するまで待たなくてはならないかと思われた。
しかし、のっぴきならないある事情からコランダは崇徳童子の前に立っていた。
「金がありません」
「何だって?」
「か、金がないんです」
崇徳童子は持っていた本を床に投げ捨てると右手で前髪をクルクルと指に巻き付ける。崇徳童子がコランダの仲間になってからは、食料、書物、日用品などはコランダパーティの財布より捻出されていた。
崇徳童子がパーティの舵取りをするようになって以降、冒険者として活動をせずに収入も途絶えていた。財布からはただただ金が出ていくだけであった。
「そういえば金はお前達が工面していたのだったな」
「はい。早急に金を稼がなくてはなりません。それにもうひとつ問題がありまして……」
コランダが言葉を選んでいる。どうやら何か言いづらい話があるようだ。
「実は丈二なんですが――」
元々薬中気味だったコランダパーティ、その中でも丈二は依存性の強い薬に手を出していたようで、酷い禁断症状に苦しんでいるようだった。