Chapter 9: 彼の側に立っているのは私ではない
Editor: Pactera-novel
詩織は愛子が反抗する勇気がないと思い、高をくくって立ち去った。入り口で初と少し話を交わし、その笑い声は冷たい風を通して愛子の耳に届いた。
彼女は顔を上げ、明かりの灯る谷口家の邸を見つめた。
目の底には冷ややかな色が広がっていた。
「行こう、帰るわよ」
初は彼女の肩にかかったコートを軽く直し、車内へ誘導した。
帰宅後、愛子はすぐにお風呂に入った。出てくると、ベッドサイドテーブルには二日酔い防止のスープが置かれ、その下には一枚のメモが挟まれていた。
「愛子、会社に急用ができたから、先に行くね」
愛子は冷ややかに唇を歪め、スープを手に取ると流しに捨て、部屋に戻ってそのまま眠りについた。
小野物産の周年記念パーティーは盛大に開催された。
やはり大和が彼女を迎えに来た。「初さんは忙しくて来られなくて、あなたを待たせるのが心配だから早めに来るように言われた。あれ、初さんが選んだドレスを着ていないね？」
愛子は薄青いドレスを着ていた。半袖で、細いウエスト、裾は足首まで垂れている。横座りした彼女の体のラインが美しいカーブを描き、息をのむほど美しかった。
大和はいつも愛子の美しさに驚いていた。あどけない人形のような顔立ちなのに、ドレスを纏うと冷たく気高い雰囲気が漂い、彼女の前では声を大きく出すのも恐れ多いほどだった。
「私は表に出ないから、何を着ても構わないわ」
「どうして構わないなんて言う。初さんが許すはずないよ」
「彼の隣にいるのは私じゃないでしょ」
大和は気まずそうに笑って、それ以上何も言わなかった。
百合クラブの外には多くの高級車が停まり、入口にはさまざまなメディアが集まっていた。
愛子は車窓越しにも多くの驚きの声が聞こえてきた。
ドアを開けて降りると、前の車から長身でたくましい人影が降りるのが見えた。
冷たい横顔が軽く後ろを振り返った。
愛子の胸は激しく鼓動を打ち、少し慌てた。
あの夜、バルコニーで和真と大胆に過ごしたことを思い出した。彼は最後に薄いベールで彼女の体を包み、キスをする時も二人の間には一枚の布があったが、それがより一層官能的で、熱い吐息と湿った唇に、彼女の足は緊張で強張った。
あの夜の和真の息づかいは夢のようだった。
二日経って遠くから一目見ただけでも、まだ心臓が早鐘を打つ。
和真は拓也と一緒に来ていた。中にいた小野家の人々は全員大騒ぎになり、急いで出迎えに行き、二人の大物を取り囲んで中に案内した。
記者たちは、もう後ろにいる他の人物に気を配る余裕などなく、和真の後頭部でも撮れれば御の字だと必死だった。
愛子は静かに息を吐いた。
背後から青い乗用車がやってきた。
運転席のドアが開き、初が白いきちんとしたスーツ姿で現れた。髪は全て後ろに撫でつけられ、彼は車を降りる時に眼鏡を軽く直したが、数歩離れたところに立つ愛子に気づかず、真っすぐに車の前を回って助手席から詩織を迎え入れた。
「ゴホン！」
大和がそっと知らせた。
詩織が初の腕に手を添えようとした瞬間、彼は後ろに引き、彼女を避けて愛子の前に歩み寄った。
「いつ来たの？」彼は上から下まで愛子を見て、笑った。「君が着飾るのが嫌いなのは知ってたから、スタイリストを呼ばなかったんだ。送った服は一着も気に入らなかったの？」
「どうしたの？」
「何でもない。きれいだよ、その格好も素敵だ」初は彼女の手を取って軽く揺らした。「一緒に入る？」
「いいえ、あなたが先に行って。私はもう少し後で入るわ」
彼女はこのような場が好きではなかった。初は彼女を無理強いせず、少し話をして、詩織に腕を組ませて中に入っていった。
美男美女、そして今夜の主催者側ということで、記者たちの反応も早く、すぐにカメラが向けられた。
詩織は大いに注目を浴びることになった。
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