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もうやめて社長!奥様は今夜も家出中! もうやめて社長!奥様は今夜も家出中!

もうやめて社長!奥様は今夜も家出中!

Author: 陸景七

© WebNovel

Chapter 1: 病院

Editor: Pactera-novel

「森田さん、ご主人とは連絡がつきましたか?今のあなたの状態は非常に危険です。すぐにでも手術を受けた方がいいですよ!」

六度目の電話も、長い呼び出し音のあと虚しく切れてしまった。

森田灯(もりた ともり)は視線を落とし、自分の腹部に手を添えながら震える声を漏らす。

「だって……これは私たちの最初の子なのに……。まだ、まださよならなんてしたくない……」

数時間前、宣城の環状道路・中野坂口で悪質な交通事故が発生した。酒を飲んだ運転手がスピードを出しすぎ、三台の乗用車を巻き込む連鎖追突。六人が即座に病院へ運ばれ、その中にいた灯はベッドに横たわり、脚に流れる血を見てようやく――自分が妊娠九週だと知らされたのだった。

「自分が妊娠してることも気づかないなんて……。あんな強い衝撃を受けて、この子が助かるはずがないでしょう!もう引き延ばしはダメです。このままじゃ、あなた自身の命も危ないんですよ!」

看護師の叱責に、灯の顔は紙のように青ざめ、冷や汗が髪を濡らしていた。彼女はスマホを押し、ロック画面に映るのはこっそり撮った若き日の少年の笑顔。だが、そこに通知は一つもなかった。

「……わかりました。サインします」

――気づけば夜。

広告と雑談の声に目を覚ます。事故のけが人と一緒に病院へ運ばれたため、特別病棟には入れず、看護師に「ベッドが足りない」と言われ、六人部屋に押し込まれた。

思わず腹に触れる。そこは以前と変わらず平らで、まるで命が初めから存在しなかったかのようだった。

『本日18時25分、宣城西海岸で開かれたブルガリの晩餐会は、多くのスターで賑わった。その中でも、最近帰国した女優・須藤夏蓮(すとう かれん)の登場が話題を独占。会場では謎の大物が彼女にルビーのネックレスを自ら掛け、二人の仲はかなり親密との噂……』

テレビから流れるニュースに、彼女は思わず顔を上げる。一瞬だけ映った背中――それは見間違えようもない、あまりに馴染み深い姿だった。

隣のベッドの妊婦は夫に剥かれた果物を食べながら、もう一人の妊婦に話しかける。

「須藤夏蓮って、昔はプライド高い子だったじゃない? 海外でサッカー選手に告白されても断ったって話題になったのに、なんで急に彼氏ができたのかしら」

「だって綺麗で演技もうまいし、そりゃ男にモテるでしょ。こないだのニュースで見たけど、彼女の彼氏、帰国した時に空港まで迎えに来てたのよ。サングラスしてても背が高くて格好良くて、いかにも育ちの良さそうな御曹司って感じで。花束まで渡して、本当に大事にしてるって!」

灯は唇をきゅっと噛む。

反対側のベッドの妊婦も身を乗り出してきた。

「ちがうちがう、私の友達が芸能人のマネージャーやってて聞いたんだけど、あの彼氏、学生の頃からずっと須藤夏蓮と付き合ってたんだって。一途に結婚を望んでたのに、須藤夏蓮がオスカー目指して海外に行っちゃった。まさか今まで待ってたなんて……すごいよね」

灯はそれ以上聞きたくなくて、布団を頭までかぶった。

――十分も経たないうちに、スマホが震えだす。

画面に表示された名前を見て、灯は息を呑む。

「渡辺彰(わたなべ しょう)」

彼女は初めて、着信音が途切れるまで電話を取らなかった。

いつもの彼の性格なら、無視された時点で二度と掛け直してこないはず。そう思っていたのに――五分後、再びコールが鳴った。

二度も無視する勇気はなかった。灯は震える指で通話を押す。

「……もしもし」

「なぜ出なかった」

開口一番、彰の苛立った声が飛んできた。

「ごめ……」

反射的に謝りかけたその時、無意識にお腹へ手を当ててしまう。電流のような痛みが胸を貫く。

「だって、あなたも出なかったでしょう?六回もかけたのに」

思いもよらぬ反撃に、彰の声が一段高くなる。

「俺と一緒にするな!こっちは会社で山ほど仕事を抱えてるんだ。お前みたいに暇を持て余して、金を浪費するだけの趣味に明け暮れてるわけじゃない」

灯は咳き込み、喉の奥に広がる血の味を飲み込み、小さく笑った。

「……西海岸で処理していたんですか?」

後部座席に寄りかかっていた彰の体が硬直する。表情が一気に険しくなる。

「俺を調べたのか?」

灯は鼻先の痛みに耐えながら、シーツの小さな焦げ跡を指でなぞるようにして、声を押し殺す。

「調べる必要なんてありますか?渡辺社長ほどの有名人なら、どんな場でもスポットライトを浴びて、メディアに取り上げられる。テレビをつければ、いつでも映ってますから」

窓ガラスに映る彰の顔はさらに暗く歪む。

「森田灯……誰がそんな口の利き方を許した? これ以上皮肉を続けるなら、この一ヶ月、一言も口をきいてやらない」

シーツをつまんでいた灯の指が止まる。

やがて、夢の中で呟くように、まったく脈絡のない言葉を零した。「……先月、私の誕生日。帰ってきて一緒に食事すると約束したのに。あの日、私は一晩中あなたを待っていた。でも“重要な取引がある”って言って帰らなかった……あれ、本当だったんですか?」


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