辰御は急いで言った。「叔父さん、何をしているんだ?」
時宴は広永が捧げ持つ長方形の金糸楠木の箱から木の棒を取り出した。「お前は叩かれるべきだ」辰御はその場で顔色を変えた。幼い頃からこの棒の威力を知っていた。「叔父さん、そんな、話し合おう。どこが悪かったのか直すから」
時宴は辰御の前に歩み寄った。192センチの身長は相手より半頭分高かった。彼は冷笑した。「雅奈の容姿が変わったから、また取り入ろうというのか?」
辰御は本心を突かれたが認められなかった。「とんでもない。ただ彼女が可哀想だと思って」
棒が突然辰御の体に落ちた。
「この一撃は約束を破った罰だ!」
「この一撃は人の命を軽んじた罰だ!」
「この一撃は卑劣な考えを持った罰だ!」
……
辰御は痛みでドタリと地面に膝をついた。時宴は棒を振りかぶり、容赦なく背中を打ち続けた。一撃、また一撃、少しも手加減しなかった。
辰御は歯を食いしばり、額には青筋が浮かび、冷や汗がシャツを濡らし、背中は焼けるように痛んだ。怡は見るに忍びなかったが、辰御の所業が度を越していると思い、首を振って海川を支えながら部屋に戻った。
辰御が地面に倒れ込むまで、時宴はようやく手を止めた。
彼は棒を箱に戻し、「これからは雅奈に近づくな。以柔を選んだのなら、その責任を取れ」と言って、階段を上がっていった。
部屋に戻りシャワーを浴びた後、時宴はバスローブを着て出てきた。
彼は乾いたタオルで黒髪を拭きながら、斜めに垂れた前髪が深い瞳を覆い、鋭さを和らいでいた。
彼は携帯に届いたメッセージに目をやった。見知らぬ番号からだった。
「叔父さん、家に着きました?」
「叔父さん、傷は痛くないです?」
「叔父さん、LINEで友達申請しました、承認してくださいね!」
「叔父さん、薬を塗り忘れないでくださいね!」
時宴はフロアトウの窓際の籐椅子に座り、携帯を隣の丸テーブルに放り出し、タバコケースから一本抜き、親指でライターのふたを跳ね上げ、真っ赤な炎が燃え上がった。
煙が立ち込める中、男の切れ長の目は闇のように深かった。
彼は通知音が鳴り続けるのを無視し、最後のメッセージが深夜12時に定まるまで放置した。時宴は携帯を手に取って見ると、雅奈からの計9通の未読があった。
彼を気遣っているように見えた。彼の視線は最後の一通に留まった。「叔父さん、おやすみなさい」
彼はLINEを開き、雅奈の友達申請を承認し、返信した。「おやすみ」
彼の唇端がほとんど気づかれないほどわずかに上がった。こうして突然、姪ができたわけだ。
頭の中に不意に、床に倒れた少女の白い肌と、あの潤んだ瞳が浮かんだ。
彼の唇の微笑みはすぐに消え、指先でタバコの火を捻り消し灰皿に捨てた。
彼はこの少女が、自分の中の原始的な欲望を簡単に喚起するとは思わなかった。彼は眉間を押さえた。雅奈とは距離を置かねばならない。
特別病室で。
雅奈はベッドにうつ伏せになり、両足を前後に揺らしていた。送ったメッセージが既読無反応、の承認通知もなし、心の中で悲鳴を上げていた。
もしかして昨晩、自分の大胆な行動に引いたの?
いや、そんなはずはない!
本当に引いていたら、わざわざ食事を届けに来たりしないはずだ。
叔父さんの心は本当に読みにくい!
夫を追いかける道のりは長そうだ!
絶望していた時、fmtyという名のアカウントが友達リストに現れ、「おやすみ」という文字が届いているのに気づいた。
雅奈は飛び上がりそうなほど興奮し、その星空アイコンを何度も見つめ、口元の笑みが止まらなかった。翌朝。
雅奈が洗面を終えた時、ノックする音がした。
ドアを開けると、桜庭が笑顔で名釜御膳の袋を差し出していた。
「雅奈さん、社長のご指示で朝食をお届けに。昼食は正午頃にお届けします。午後には退院手続きのためにまた伺います」
雅奈は袋を受け取り、ありがとうと笑顔で言った。
彼女がドアを閉めようとした時、大きな手がドアを押さえた。
安藤礼二(あんどう・れいじ)と継母の杜若欣奈(とじゃく・きな)が高慢に入ってきた。
雅奈の整った小さな顔は瞬時に曇った。
「雅奈、大丈夫か?」礼二は気遣うように尋ねた。
「運が良くて、死ななかった」雅奈は彼らを相手にする気がなく、ベッドに向かい、袋をテーブルに置いた。杜若はシャンパン色のチャイナドレスを着て、髪を完璧な団子にまとめ、AYのハンドバッグを提げていた。医院に来る前に念入りに装ったように見えた。
雅奈の美貌を見て、彼女の目には深い嫌悪が浮かんだ。
なぜこの田舎者が自分の娘よりも美しいの?
彼女は挨拶もせず、直接椅子に座った。「あなたが故意に以柔の顔を火傷させたことは不問にしておくわ。でも警告しておくけど、辰御の心にいるのは以柔なの。あなたはもう執着するのはやめなさい」雅奈はフンと鼻を鳴らした。「あなたは自分の娘をよく知っているでしょう。私が彼女に水をかけたのは、彼女がまた昔と同じことをしてきたからよ。これ以上私を怒らせたら、もっと酷いことをするかもしれない。それに辰御について、私は下水道じゃないから、糞は受け入れられないの」
杜若は従順だった小娘が、今ではこんなに口達者になるとは思わなかった。確かに以柔が言った通り、天を逆さまにするつもりか!
彼女は歯軋りしながら言った。「あなたは以柔を下水道だと?」
「うーん、それはあなたが言ったことよ」雅奈は涼しい笑みを浮かべた。「でも当初、藤村家が安藤家との縁組みを承諾したのは、私の祖父が藤村大旦那様を銃弾から守った恩があるから。藤村大旦那様は指名で私、安藤雅奈と藤村辰御の婚約を望んだの。以柔は杜若おばさんが連れてきて、安藤を名乗っているけど、所詮本当の安藤家の人間じゃない。藤村大旦那様が認めるかしら?」
杜若はハンドバッグを握る指先がバッグに深く食い込むほど、雅奈に腹を立てていた。「辰御と以柔はもう付き合ってるから、藤村家はこの縁組みを認めるしかないわ。もうあなたの関わることじゃない!」
礼二は笑って言った。「雅奈、江市にはまだたくさんの名家があるから、今度はもっといい人を紹介してあげる」
雅奈は軽く笑った。「安藤家がまた破産しそうになったら、私が役に立つってことね」礼二「……」
杜若は冷笑した。「安藤家のために尽くせるのは誇りよ!本当に恩知らずね。お父さんがこんなに心配して愛してくれているのに!」
「心配して愛してくれている?」雅奈は冷笑した。「じゃあなぜ昨晩、彼は病院に来て以柔を見舞ったのに、私には来なかったの?」
杜若は言葉に詰まった。「以柔は礼二が見守って育てた娘よ!あなたは何年も、そばにいなかったのに、比べられないわ!」
雅奈は笑い出した。「知らない人は以柔が安藤さんの実の娘だと思うでしょうね!」
礼二の表情がこわばった。
雅奈はまばたきした。「まさか当たったの?以柔は私と同い年だから、もし安藤さんと血が繋がっているなら、安藤さんは当時重婚罪を犯していたことになるね?」
「でたらめを言うな!安藤さん呼ばわりとは、躾は犬に食われたか!」
雅奈は冷たく言った。「他人にどう扱われるかは、自分が教えるの。私がこうなったのは、あなたたちがよく反省すべきことね!」
杜若は歯を食いしばるほど怒り、急に立ち上がり、礼二を引っ張って外に出た。扉際で振り返り、毒づいた。「スモーキーメイクとカラフルな髪の方があなたに似合う!」
ドアの外にいた桜庭はこれらすべてを耳にしていた。
彼は病院を出て車に乗り込み、シートベルトを締め、エンジンをかけて車の流れに乗っていった。
「社長」彼はバックミラーを見た。
後部座席の男性は、視線を手元の書類に落とし、長い指でペンを握り、書類の上で◯や×を走らせて印を付けていた。
朝の光が彼を包み込み、黄金の衣をまとった神々の如き輝きを放っていた。彼の声には微かな倦怠感が混じっていた。「話せ」
「先ほど雅奈さんの実父と継母が見舞いに来ました」
「うん」
「彼らはひどいことをたくさん言っていました。辰御様と安藤家次女の関係をずっと前から知っていたようです。あの継母は、スモーキーメイクとカラフルな髪の方が雅奈さんに似合うとまで言いました」
ペン先が一瞬止まり、時宴は表情を変えずに、その後また書類を見続けた。「今後、このようなことは報告する必要はない」
桜庭は心の中で思った。自分は誤解していたのだろうか?
時宴が命がけで雅奈を救ったのは、本当に悲劇を避けたかっただけなのか?
こんなに冷淡な男が数百億の契約を結ぶときでさえ表情を変えないのに、昨晩人を救う時の緊張と、救出後の安堵の表情は、自分の錯覚だったのか?
桜庭は唇を引き締め、もう何も言わなかった。まだ人事部で清算されたくはなかったのだから。