天井は低く、ひび割れ、かすかに黴と古びた記憶の匂いが漂っていた。
リン・カイは目を開けた。
木の梁がきしむ音がした。まるで、この家自身が彼の帰還に驚いているようだった。下に敷かれた布団は薄く、空気は湿っており、胸の奥に鈍い痛みが残っていた——まるで魂が抉られ、石で満たされたように。
数秒の沈黙の後——
「っ……!」
鋭い息を吸った彼の視線の先で、戸口に立っていた侍女が手にしたお椀を落とした。粥が床に飛び散る。
「ぼっ、坊ちゃま!?」
彼女は踵を返し、慌ただしく廊下に駆け出していった。
「お、老爺さま! 坊ちゃまが目を覚まされました!」
カエレン——この奇妙な身体に宿った魔術師——はゆっくりと上体を起こした。骨がきしみ、手は震えていた。青白く、弱々しい。飢えた、見知らぬ手。
だが、その目だけは、静かだった。
足音が近づく。
バンッと音を立てて扉が開いた。
兄、リン・ウェイが怒気を孕んだ顔で現れる。嵐のような衣を纏い、冷たい目が弟を射抜いた。
「生き残ったのかよ?」
彼は一歩踏み出し、声を低くして囁く。
「次は首に石を括りつけて飛べよ。」
カエレンは無言だった。
侮辱にも、存在にも反応を示さない。ただ、その視線はリン・ウェイを通り過ぎ——
背後から入ってきたもう一人の男へと向いた。
父、リン・ゼン。
背筋を真っすぐに伸ばし、白髪を厳格に結い上げた男。腰には翡翠の印章が光る。その男はベッドの上の息子を一瞥し——
言葉ひとつ発さずに踵を返した。
目もくれず、ただ、長年忘れられた息子に背を向けた。
——これが、この身体の迎えられ方か。
実に、興味深い。
リン・ウェイは鼻を鳴らし、罵声を吐きながら後に続く。扉がギィ、と音を立てて閉まった。
部屋には、侍女ひとりだけが残された。
壁際に立ち尽くし、手をぎゅっと握りしめている。
カエレンは彼女に視線を向けた。
「教えてくれ。」
声は静かで、重く。
「俺は……誰なんだ?」
「ぼ、坊ちゃま……?」
「君のことも、この家のことも思い出せない。ただ、暗闇と水と……痛みだけだ。」
言葉は明瞭に紡がれたが、その内側では怒りが渦巻いていた。
本来の姿であれば、この世界の秘密など古びた巻物のように読み解けたはずだ。魂記憶の抽出、言語脈の分析、次元反響の解析——
だが今は?
魔法陣も、杖も、呪文書もない。
あるのは、肉体。無力。沈黙。
侍女の唇が震える。
「……私はシェン・メイです。十二のときから、ずっと坊ちゃまのお世話を……本当に、覚えておられないのですか?」
彼は首を振った。
「一から教えてくれ、シェン・メイ。この身体がどんなものだったのか。」
彼女は迷いながらも、目を伏せて語り始めた。
「……坊ちゃまは、リン家の次男として生まれました。ですが、霊根がないと診断されてから、状況が変わりました。修行の素質がまったくないと……」
「兄さまが外門試験を受けることになり、家の者たちも、だんだん坊ちゃまを避けるように……」
彼女はちらりと扉の方を見た。
「老爺さまも……息子と呼ばれなくなりました。」
カエレンの表情は変わらない。
霊根なし、気脈なし、望みなし。
——だがこの身体は、封印された秘宝のように脈動している……
気を拒絶し、魔を宿す器。
シェン・メイの声は、次第に優しさを帯びていった。
「坊ちゃまは……お酒に溺れて、喧嘩も多くなり……誰とも話さなくなって……それでも、私は毎日食事を運びました。誰も手を出さなかったときも。」
「よくやった。」
思わず彼女の頬が赤らむ。
沈黙が落ちる。だが、それは虚しさではなく——
彼女は、落としたお粥を片付けながら小さく謝った。
その時——
彼の指先が微かに光った。
青い光が、関節をかすめて瞬いた。
すぐにそれを隠し、毛布の下に手を滑り込ませる。
カエレンは小さく笑った。
まだ壊れたままだと思わせておけ。
灰は冷えていない。
窓の外に、灰色の朝が広がっていた。
——そして、そこから立ち上がる炎を見せてやろう。
彼の腹が、低く鳴った。
驚いたように目を見開くが、すぐに悟る。——空腹だ。
魂が昇華しても、腹は米を求める……か。
角の隅で座っていたシェン・メイが立ち上がる。彼女は微笑んだ。
「すぐにお食事を用意します。少々お待ちくださいませ。」
静かに頷くカエレン。彼女は扉の奥へと消えていった。
再び部屋に静寂が戻る。
天井を見上げながら、彼は言葉を口にした。
「アルケイン……」
その響きが空気を変える。
[システム検出:アルケイン・コード]
青白い光のパネルが目の前に浮かぶ。重みはなく、炎のように揺らめいていた。
彼は反射的に身を翻し、ベッドから降りた。ぶつけた足が音を立て、器が転がった。
「坊ちゃま!?」
駆けつけたシェン・メイが戸口に現れる。
「何でもない。滑っただけだ。」
疑わしそうな目。だが彼女は頷いて去っていった。
もう一度——
「アルケイン。」
パネルが再び浮かぶ。
[キャラクター情報]
名前:リン・カイ(カエレン)
種族:人間(男性)
年齢:16
霊根:なし
修行境界:なし(凡人)
魔術階層:なし
[特異体質]
究極魔導の素質
根無しのサイキック
[術式]
なし
[ステータス]
筋力:2
防御:1
速度:1
マナ:10
気:0
「やはり気は皆無……だが、10のマナ? この世界において、それは着火剤だ。」
カエレンは[Rootless Psychic]に指を伸ばす。
[根無しのサイキック]
アルケイン世界由来の魂病——マナヴァイン病により、気脈と霊根の成長が阻害されている。
治癒すれば、全属性適応の究極霊根を獲得可能。
「この病……十二歳で治した。何を恐れていたのか、この世界は。」
彼は次のタブに指を伸ばす。
[メインクエスト]:修行と魔術の融合:ステージ1
炼気九層に到達(✕)
第一魔法円を開発(✕)
報酬:
築基丹 ×1
スペル記憶スロット +1
筋力・防御・速度 +5
マナ・気 +10
[サブクエスト]
なし
[デイリークエスト]:マナ経脈の覚醒
10分間の瞑想
96のマナ経脈の1つを開通
報酬:+1 マナ
彼はゆっくりと目を細める。
「経脈を一本ずつ……魔道は、ここから再構築される。」
扉が開き、シェン・メイが木の盆を抱えて戻ってくる。
「お待たせいたしました、坊ちゃま。」
静かに受け取り、無言で食べ始める。
魔でも、侍従でもなく、ただの人の温もり。
彼は食器を静かに置き、口を開く。
「近くの薬店はどこだ?」
シェン・メイが驚いたようにまばたきする。
「や、薬店……ですか?」
「心配するな。もう飛び降りはしない。」
赤く染まる頬。彼女は小さく微笑んだ。
「でしたら……ご一緒します。」
カエレンは立ち上がる。背筋はすでに魔術師のそれだった。
「始めよう。」
【あとがき】
ここまで読んでくださってありがとうございます!
「ザ・ラスト・ソーサラー 修仙世界に転生した男」は、魔法と修仙が交差する物語です。
第1週は毎日3話更新を予定していますので、ぜひ続きも楽しみにしていてください!
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