望月清華は顔を上げて窓の外を見やった。血走った目の奥には、次第に寒霜のような冷たさが漂い、眉尻と目元には幾分の凶暴さが浮かんでいる。
復讐せずにいるなんて、彼女の流儀ではない。
浴室を出ると、部屋に見知らぬ気配が漂っていた。
清華は眉をひそめ、冷たい視線をソファに座る男に向けた。
すらりとした姿で、単純な黒いズボンと白いシャツでさえ、彼が着ると卓越した高貴さを醸し出していた。
視線を上げると、あまりにも端正なその顔が彼女の黒い瞳に映った。
眉骨は深く、顔のラインは鋭く、波立つことのない寒々とした眸には鋭さが潜み、薄い唇の端にはからかいを含んだ弧度が浮かんでいる。
でも。
この顔、どこかで見たことがあるような気がする。
清華は眉をひそめて考え込んだ。
ふと、彼女の脳裏に閃きが走った。あの人たちのパソコンでこの顔を見たことがある。
京都の内藤家の跡取り——内藤昭文。
とっても付き合いにくいらしい。
彼女が顔を上げると、二人の視線が空中でぶつかった。
男の深い瞳は謎めいた光を放ち、薄い唇から皮肉めいた言葉が漏れた。「ずっとそこに立っているつもりか?」
清華は視線を戻し、前に進み出た。「車を貸してくれないか?」
会ったばかりなのに車を借りるとは、遠慮がないな。
昭文は唇を軽くつり上げ、長い指で膝を軽く叩いた。「そんな姿で帰るつもりか?」
少し間を置いて、彼は話題を変えた。「テーブルの袋に服がある。その中の薬液で体のペンキを洗い落とせる」
彼の視線の先を追うと、化粧台に白い紙袋が置かれていた。
清華はちらりと見てから、再び彼に視線を戻し、率直に尋ねた。「なぜ私を助けるんですか?」
昭文は後ろに身を預け、長い脚を組んで、自由でくつろいだ様子で答えた。「日々善を行い、人助けは徹底するものだろ。」
理由があまりにも適当すぎて、清華は思わず笑いそうになった。彼女は手を伸ばして紙袋を取り、浴室へ戻りながら言った。
「ありがとう」
何が理由であろうと、所詮自分には何もなく、彼が図るようなものなど何もないのだから。
浴室のドアが閉まると、昭文は視線を戻し、瞳に楽しげな色が混じった。
度胸はあるな。
しばらくして、清華はさっぱりとした身なりで浴室から出てきた。
彼女に注がれる視線を感じ、横目で見た。
「なぜまだここに?」
昭文は口元を上げた。「ここは俺の場所だ」
清華は無言で、無関心そうに近づいていった。
その足取りはゆっくりとして、少しの緊張感もなかった。
少女の姿が近づくにつれ、いい香りのするボディソープの香りが漂ってきた。
黒いズボンと青いシャツは彼女には少しゆったりとしていて、袖は無造作にまくり上げられ、気ままな様子が漂っていた。
昭文はさりげなく視線をそらし、瞳の奥に暗い光が走った。
テーブルを挟んで立ち止まった清華は、彼と向き合った。
墨のように黒く輝く瞳で、「私は…」
彼女の言葉を予想したかのように、昭文は言葉を遮った。「車を貸すのはいいが、ここで二日間過ごして、しっかり傷を治せ。二日後に送らせる」
清華は一瞬驚き、その後疑わしげな眼差しを向けた。
餃子ではなく菓子のほうが降ってくるような良い話は信じない。
彼女の警戒心に満ちた眼差しに、昭文の笑みはさらに深まった。
彼は立ち上がり、背の高い堂々とした体から強さと冷たさが漂っていた。
「傷を癒してから復讐するものだ。わかるだろう、小さな子」低くて磁性のある声に笑みが混じっていた。
そう言うと、彼は歩き出して外に向かった。
小さな子?
清華は唇をピクリと動かした。彼が自分を助けてくれたという事実がなければ、とっくに一発お見舞いしていただろう。
「バタン」
ドアが閉まり、清華は視線を戻して、腕の青あざと擦り傷を見下ろした。
あの人の言葉は少し腹立たしいけれど、理にかなっている。
今の自分は体が弱りすぎており、体力も回復しておらず、喧嘩をしても長くは持たない。
彼女は窓の外を見やった。漆黒の夜が底知れない黒い瞳に映り、怒りが湧き上がった。
大きな恨みはすぐには返せないが、利子はやはり先に受け取っておく。
……
望月家。
広大な邸宅は明るく照らされていた。
「頭にくる!」
激怒した声が響き、居間の静けさを破った。
「あの三人の役立たずったら、口のきけない女一人を始末できないなんて、まったく腹が立つわ」
望月優子(もちづき ゆうこ)はソファに座って雑誌を見ている女性に目を向け、続けた。「お母さん、あの女はどこに逃げたと思う?」
今回の遠足を利用してあの口のきけない女を永遠に消し去るつもりだったのに、予想外の出来事が起こってしまった。
ソファに座っている女性は高級ブランドの服に身を包み、雑誌に掲載されている宝石類に目を走らせながら、軽蔑したように言った。「好きにさせておきなさい。二度と戻って来なければ、それが一番よ。」
冷静さを取り戻した優子は心配そうに言った。「でも、もし戻ってきて、おじいちゃんに告げ口したらどうしよう?」
あの女は弱くていじめやすいかもしれないけど、追い詰められたウサギは噛みつくこともある。もし本当におじいちゃんの前で告げ口したら、確実に叱られるだろう。
「口のきけない子が、どうやって告げ口するって言うの?」宮崎珠希(みやざき たまき)は雑誌を閉じ、嘲笑いながら言った。「それに、どんなに勇気があっても、彼女は告げ口する勇気なんてないわ」
旦那様が人を遣って彼女を探し戻したからって、寵愛を受けられると思うなんて、笑止千万だ。
これを聞いて、優子は心の中でほっとした。「お母さん、望月清華はこんなに長く行方不明だったのに、どうしておじいちゃんは急に彼女を探し出したの?」
珠希は頭を横に振った。「旦那様の考えなんて、誰にわかるものでしょう。清華のことはもう気にしなくていいわ。勉強に集中して、必ずA大学に合格しなさい」
「もちろん、絶対にA大学に合格するわ」優子は顔を上げ、自信たっぷりに言った。
「それと、お母さん、三兄さんが戻ってくるって聞いたけど、本当?」
珠希の顔に嫌悪の色が浮かんだ。「ええ、お父さんが言うにはあの子は一中の代講教師をするために戻ってくるそうよ。たぶん一ヶ月だけだと思うけど」
「代講教師?」
優子は驚いて、不思議そうに聞いた。「三兄はA大学で教授をやってたのに、どうして突然一中の代講教師になるの?」
A大学史上最年少の教授というような称号を持っている彼がなぜ一中のような小さな学校に戻ってくるのか。
「表向きは代講教師だけど、実際は一中で優秀な学生を見つけに来たのよ。推薦枠のことを忘れないでね」珠希は注意した。
「推薦」という言葉を聞いて、優子の目が輝いた。「もし私が推薦枠を獲得できたら、学校の皆は絶対に私を羨ましがるわ」
彼女が妄想に浸る前に、珠希は冷水を浴びせた。「早まって喜ばないで。望月彰人(もちづき あきひと)をはじめとするあの三人のろくでなしは、私たち母子のことを全然家族だと思っていないんだから。彼が簡単に推薦の枠をあなたにくれるわけがないわ。