第3話:二十年の終わり
[雪音の視点]
冬夜が帰ってこない夜、私は一人でスマートフォンを握りしめていた。
何度も画面を見つめては、ため息をつく。こんなことをしても意味がないとわかっているのに、指は勝手に動いてしまう。
紅のSNSアカウント。
フォローはしていないけれど、彼女のアカウントは公開設定になっている。最新の投稿を見ると、今日の夕方にアップされた写真があった。
家族との食事風景。
そして、その中に冬夜がいた。
紅の両親らしき年配の夫婦と、冬夜が和やかに談笑している。冬夜の表情は穏やかで、心から楽しそうに笑っていた。
こんな顔、私には見せてくれたことがない。
私の両親に会ったのは、五年の付き合いの中でたった一度だけ。しかもその時の冬夜は終始無愛想で、早く帰りたそうにしていた。
「娘さんをよろしくお願いします」
そんな言葉すら、一度も聞いたことがない。
でも今、画面の中の冬夜は、紅の父親と肩を並べて笑っている。まるで本当の家族のように。
スマートフォンを投げ出したくなった。
でも、見るのをやめられない。
コメント欄には「素敵な家族ですね」「お幸せそう」という言葉が並んでいる。
家族。
私は冬夜にとって、何だったのだろう。
翌朝、重い頭を抱えながら友人たちに連絡を取った。
「結婚式、中止にするから」
電話の向こうで、友人の声が上ずった。
「え?雪音、何があったの?」
「これから研究室に入るから、しばらくは外と連絡が取れなくなる」
嘘だった。本当の理由なんて、言えるわけがない。
「でも、あなた二十年も冬夜くんを......」
そう。二十年。
中学生の頃から、ずっと冬夜を追いかけ続けてきた。高校でも大学でも、就職してからも。彼が振り返ってくれるのを、ただひたすら待ち続けた。
諦めるなんて、できるわけがない。私は二十年も冬夜を追い続け、ようやく彼が結婚を承諾してくれた。そんな長い時間をかけて築いた感情を、簡単に手放すことなんてできない。
でも実際、この関係は最初から対等ではなかった。ずっと私が冬夜の後ろを追い続け——彼は一度も立ち止まることなく、私の心を求めてくれなかった。
「雪音?」
友人の声で現実に引き戻された。
「ごめん。とにかく、式は中止。みんなにもそう伝えて」
電話を切って、深く息を吐いた。
これで終わり。
二十年間の片想いに、ようやく終止符を打つ時が来た。
夜遅く、酒の匂いを纏って自宅に帰ると、玄関で冬夜と鉢合わせした。
彼も今帰ってきたところらしい。
「おかえり」
そう言いかけた時、冬夜が顔をしかめた。
「こっちに来ないで。酒の匂いが移ったら困るから」
紅への配慮だろう。妊娠中だから、アルコールの匂いも気を遣っているのだ。
私は何も言わずにシャワーを浴びた。
バスルームから出ると、冬夜はソファに座って誰かとメッセージを交わしていた。画面を見る角度からは相手はわからないけれど、彼の表情は柔らかい。
きっと紅だろう。
私は寝室へ向かおうと足を向けた。
「雪音」
冬夜の声が背中に響いた。
振り返ると、彼がスマートフォンを置いてこちらを見ていた。
「話があるんだ」